では、また2010年にタイムスリップです~─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ

 

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10月4日の朝、両親、妹、娘が迎えに来てくれて車椅子で病棟を出る。

 

同室の人達や看護師さん達、

 

お茶をくばってくれてたバイトのお兄ちゃんに

 

『頑張ってね!元気になってね』と見送られて廊下を通り、

 

ナースステーションにより挨拶し、エレベーターのあるロビーに、

 

そこで代診の先生になってくれていたK先生と会ったので

 

『先生!行ってきます。』と挨拶する。K先生も励ましてくださった。

 

K先生は、病室にもよく顔を出してくれ、私が肝性脳症の為か、

 

携帯の操作方法も混乱してわからなくなってるので説明ブックを見ていると、

 

『そんなの、私もむずかしくてわからんよ。

 

あまり、根詰めんようにね。』と慰めて下さった。

 

入院してからメールを見るのも、うつのも、指を上手く動かせず、

 

時間がかかり、おかしな操作でロックがかかってるとこができたり、混乱していた。

 

身内との連絡方法は、自由に動けない私にとって携帯しかないというのに・・・

 

携帯といえば、入院して間もない頃、息子は小学校の運動会があるのに、

 

せっかくリレー選手になれた年でもあって、

 

息子のことで担任の先生との連絡で、

 

はっきりしない頭のまま、先生に電話し、話したことがあった。

 

先生もおかしいと思われたに違いない。

 

父が会計や私が婦人科にもかかっていたのでその予約の取り消し手続きなどに

 

向かって行ってくれてる間に、

 

私達は妹の車に乗る為に先に駐車場の方へむかった。

 

10時までに大学病院へ着く予定だったのに、

 

父がなかなか戻ってこなくて、なんだか、せかせか、イライラした。

 

心が早く早く!とせいていた。

 

私には命の時間もなくなりそうな気がしていた。

 

そうして、父がやっと姿を見せ、皆で妹の車に乗り込み県病院を後にした。

 

12日ぶりに外界に出た。

 

風に吹かれたくて窓を開けてもらった。

 

すうーと空気が肺に入ってきて、ほっとした。

 

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パート9につづく・・・バイバイ