またまたタイムスリップで~す(*^-^*)b

 

2010年9月にGO~─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ

 

~**~**~

 

今から思うとあの状態の時、よく車の運転したなあと思う程、

 

険極まりない運転をした翌日9月21日。

 

しんどくて、もう限界だと思った。

 

家事できない。

 

れいきを連れて、実家に非難することにした。

 

夫から離れたかった。

 

娘には悪いけど、(仕事に行ってるので)学校から戻った息子と、少しの着替えをもって実家に逃れた。

 

その日の晩、私は意識を失った。

 

...

『食べろ、食べろ』と夕食にいろいろなものを勧めれ、

 

せっかく用意してくれたからと、実は無理して食べた。

 

本当は疲れて眠くて仕方なくなってきていた。

 

早く、眠りたかった。たぶん、肝性脳症のせいもあったのだろうと今なら思う。

 

食べて、すぐ寝るのもよくないと、しばらく起きておこうと思っていたけど

 

お布団を敷いて用意してくれたのでがまんできなくなった

 

家にはメモを残してきたけど、娘と電話で話したことは覚えている。『おやすみなさい』を言ったと思う。

 

吐気がして気持ちが悪くて身体が重くしんどい状態もわかってた。

 

でも、その後目が覚めたのは病院のベッドの上だった。

 

うっすら、ところどころの場面が切り絵のように頭の中の画像として浮かんでは来るけれど、つながってこない。

 

父母や娘から、後で聞いた話によると、

 

あの晩、うんうんうなってて、県病院に自分で電話しようとしていたのを、父母が止めたらしい。

 

明日まで待とうと。その間、吐いたり、失禁したり大変だったそうだ。全く記憶にないことだ。

 

翌朝、父が娘と夫に連絡してくれて、

 

娘が実家に駆けつけた時

 

私は四つんばいになって、なにかぶつぶつ言いながら上下にゆれていたそうだ。

 

わけのわからないことを、『ずっと口走っていたんよ』と父母も言ってた。

 

そういえば、変な夢を見ていたと思う。

 

が娘に電話した時、娘はもう職場にいて、

 

『じいちゃんがもうだめかもしれんのぞ』と言ったから怖くて・・・慌てて行った。』と言っていた。

 

夫は県病院に直接、行ったそうだ。

 

実家の車に載せるのがかなり大変だったらしい。

 

私はかなり体重おもくなってたし

 

病院へ着いた頃、ちょうど、自転車で来ている夫の姿を父がみつけ、

 

夫と2人して、私を車から降ろし、外科外来に向かったそうだ

 

外科外来の処置室で浣腸なんかもしたようだけど、

 

トイレの記憶が切り絵画像みたいにかすかに頭の中にある。

 

そこから病棟に移動して個室に入ったあたりはまったくプツンと切れている。

 

私が気が付いたのはその日の夕方だったと思う。

 

個室にいて、父母と娘がいて、目が覚めて程なく嘔吐した。

 

前日の晩、食べた葡萄が出た。それで少し楽になった。

 

~**~**~パート6につづく・・・