自分が、身も心もかき乱されるような恋愛をするとは、思ってもみなかった。


自分を好きになれない人間が、他人を愛せる訳が無い、とも思っていた。

これではいけない、と恋愛の真似事をしたことはあるものの、心が傾いた事は一度も無い。

子どもは欲しかったが、こんな難しい自分は

結婚も無理だろうと諦めていた。



働いて間もない頃。

その人に出会った。

私より、数年上の先輩である。


少しヤンチャな匂いはするものの、屈託のない笑顔はいつも周りを和ませてくれていた。

上司より、後輩の味方になってくれる人だった。


帰る方向が同じで、よく家まで送って貰い、時には食事も共にした。


それ迄の私は、誰にもきちんと自分の話を聞いてもらった事が無かった。

その人はいつも、私の話を折らずに聞いてくれ、自分の話や考えも沢山話してくれた。


頼りになる先輩。

そして、言動が大人だった。

「こんな人に守られたい」

漠然とそう思った記憶もある。



その日は、数人で飲みに出た。

いつものように皆はバーっと盛り上がって、時間は深夜近く。

タクシーを呼んだ。


運転手が、後部のドアをバン!と開けた瞬間。

ドアに当たってその彼は飛ばされた。

自分が当たった訳ではないのに、私は泣きながら、その人に駆け寄った。

幸い軽症ではあったが、その日を境に

私の心は暴走してしまう。


こんなに好きだったんだ、、

涙が止まらなかった。

来る日も来る日も、四六時中その人の事を思っては泣いていた。


顔を見たい。

会いたい。

今、退勤をしたばかりなのに、もう会いたい。

初めての気持ちだった。


六年間、気持ちは変わらないまま、私はその人を忘れる為に、退社を決める。


苦し過ぎた恋愛。

だが、自分が人を愛せた経験は

今も自分のベースとなって残っているように思う。


自分の気持ちを一切告げず、離れたことも

本当に良かったと思っている。


彼は結婚して、二人の娘さんを持つお父さんだったから。


私は、「お父さんのように自分を思ってくれる人」を求めていたのかも知れない。




兵庫県南あわじ市 慶野松原