究極は、想いを留めておく宝箱のようなものです。
結論から書きましたが、
やっぱり、ジュエリーって...
と改めて思う所があり、それを書きます。
昨年、僕の曾祖父が亡くなりました。
曾祖父は、縫製工場の工場長をしており、手先も器用で、
生前すごく面倒見てもらったのを、今でも思い出します。
そんな曾祖父が、生前金の指輪を付けていた事を思い出しました。
僕の仕事は、”ジュエリー文化=受け継ぐ価値観”を伝えることです。
ですから、僕自身が、それを手にし、受け継ぐ事でその行為の、
本質を伝えたいと思いました。
その指輪というのは、いわゆる印台と言われるものです。
リングは、太めリングに面をつけてそこに、
文字や模様を彫り込む事が多いです。そのまま、判子として
使われたことから、印台と呼ばれました。
18金製で金色の指輪、取り立てて特別という見た目ではないですが、
表面部分に、名字の”地曳”という文字が
彫り込まれているところが特別な点です。
その所在はというと、東京の叔父が受け継いでおり、
電話したところ、
叔父『私もコレを手にする前に、因果がある。そう言う物は、
ハイ分った。送るぞ!とはできない。』
と仰られ、欲しいなら取りに来なさいとのお言葉。
なので、時間を伺いし、
何故、僕がそれを欲しいのか?受け継ぎたいのか?を伝えました。
すると、
叔父『話はわかった。では聞くけれど君は、この指輪に彫られ
ている”地曳”という字の由来を知っているか?』と問われました。
!?
珍しい名字というのは思ったことは、あるけれど...
30年近く生きて、由来を知ろうと考えもしなかった...
なので、素直に
僕 『わかりません』と答えました。
叔父『そうか...ではこの指輪を,預けることは出来ません』
とキッパリ断られました。
その瞬間思い知りました。
僕は、その指輪を手にしたら、想いの継承が出来ると
思い込んでいた。
けれど、そんなことに因果関係は無く、人が人を想う所に、
受け継ぐ価値観というのがあるのでは?
極論でいうと、物ではない。相手を思いやる気持ちだと思い
ました。
なぜ、この指輪が存在しているのか?
そもそも、オーナーである曾祖父は、どんな想いで
それを付けていたのか?
叔父『まだ早い。これを手にするには...』
怒っているわけでは無く、逆に伝えごとをしない
文化の衰退を理由にして、私達親族間でも伝えること
怠ったとを、自身を戒めてるようにも感じられました。
『順序を踏んでから、それからにしよう...』
最後にそう言われました。僕もそうを聞いてから、余計
曾祖父という人と、自身のルーツを知りたくなりました。
人にその価値を伝える前に、まず自分が知らないと。
わかっているようで、わかってないというのを、とても
痛感しました。それを、あえて教えてくれた叔父に感謝します。
ジュエリーとは、価値があり、自然からの預かりもので、
想いを留めておく宝箱のようなものです。
暗い話と重い話で、ブログの体裁を成してませんね(汗)
そんなわけで、写真もありません。
今後、進展もUPします。

指輪88
四千年を語る小さな文化遺産たち
監修 宝屋嘉人 諏訪恭一
株式会社 淡交社発行









