ラブレター以前高校生におこなった授業のあと
いただいた感想の抜粋をご紹介しています。

ゆうこさんの言葉でとても心に残っているフレーズがあります。
それは、
「私にとって自分の障害は、たくさんあるプロフィールのうちの一つ」
という言葉です。
実は私も、ある種の偏見を持たれたことがあります。
私の場合は、見た目が「いじめをするお嬢さま」っぽかったらしく、
中学入学当初は人からよく変に気を使われ、おだてられました。
クラスの女子のボスと思われたのかもしれません。
しかし、実際仲良くしてみて、私が見た目と中身の一致しない人間だ
と思われてから、逆に私が陰口を言われる対象になりました。
ゆうこさんのようにポジティブになれなかった自分は、
自分を塞ぎこんで、いつからか仮面をつけた人のように、
いつも笑って愛想を振りまいている人になりました。
今思うと、自分の欠点や、接し方の間違いに気づかされます。
しかし、最初からフラットな目で見てくれた人は、いなかったのが
悲しかったことは事実です。


高2になってゆうこさんのお話を聞き、
自分より、あるいは自分が当事者だったら耐えられないような
つらい思いをしてきた人がたくさんいることを知り、
そしてその人たちの生き方を知り、
私は私でいいんだな、と思いました。
「悪口を言ってそう」と思われるのも私。
中身とその見た目がマッチしないのも私。
でもその自分を支えてくれる素敵な仲間がいるのも私。
そう思えました。


私の住んでいるマンションの下の階に、
障害を持った男の子が住んでいます。
その子はたぶん一人で立って、話し、食べて、という
あらゆる行為ができないのだろうと思われます。
いつもお母さんがその子が乗ったバギーを押して生活しています。
ふと気づいたことに、いつもその親子とすれ違う際に、私は
お母さんの方にしか声をかけていませんでした。
次回親子にあったら、その男の子にも挨拶をしよう
と思いました。
これは全て、ゆうこさんの話を聞いて気づいたことでした。
気づく前から自然と二人に対して挨拶ができていたら良かったな、
と思います。


ゆうこさんの、自分を誇りに思いながら困難に立ち向かって
くじけずに楽観的な姿に感銘を受け、そして尊敬します。
さらにすべての人が、かけがえのない命を燃やせる世界がいいな
と思います。
人間誰しも、時間と場所は神様から与えられた、唯一のものを持っている
と私は考えています。
無宗教です。単にGodという語を使いたかっただけです。
時間は有限で、変えることは難しいけれど、
場所は、その人の望む環境にすれば、一瞬にして、
“ただ自分が存在しているところ”
だったのが
“自分の居場所”になると思います。
誰もが自分の幸せになれる居場所をたくさん作れる世界がいい。
私はそのために、自分の将来の道を選択しようと思います。


友だちに「ペン貸して」と言われて当たり前のようにペンを貸せるように、
当たり前のように偏見のない色鮮やかな世の中にできたらいいな
と思いました。


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