フラッシュバック。

 

やたらとこれに苦しめられていた時は、

あまりにぴったりな表現だと思い、

納得して使っていた言葉だったのですが、

最近、ちょっとした違和感を感じます。

なぜだろう。

 

もし同じように感じていて、

不快な気持ちを抱かせている方がいたら

ごめんなさい。

 

でも、どうしてなのか自分でもわからないので、

解明するまで使わせてもらいます。


 

友達と話していて思ったのですが、

たとえば、

離婚などのそれからの人生を変えてしまう

できごとがあった時。

 

うちの夫婦(元ですが)の場合、

対外的に細やかに説明したくない時は

「よくいう性格の不一致というやつです」

と理由をまとめてしまいます。

これはこれで間違ってはいないんです。

 

ほんと、要は離婚した誰もが性格の不一致で

片付いてしまうと思うわけです。

浮気だろうと借金だろうと、

「そんなことをするような性格の人」とは暮らせない、ということですし。

 

だから、うちも、簡単にいえば性格の不一致。


 

で。

友達との話に戻るわけですが。

 

離婚話のきっかけはそれぞれ違います。

 

でも、夫婦関係、夫婦の信頼関係が壊れた瞬間、

時間が経ってもなお、

「フラッシュバック」に苦しめられる光景。

これが多分、色にたとえることができたとしたら、

実に似ている色になるような気がしたのです。

 

出来事はそれぞれです。

でも、「感じる」んです。

 

多分、それはきっと状況は違っても、

パートナーの後姿だったりしないでしょうか。

前を向いている状況の話だったとしても、

心理状態的には背を向けられている、というか。

 

私の心にやってくるそれは二つ。

子どもが2歳代のイヤイヤ期まっさかりで

日中は誰の介入もなく煮詰まった育児をし、

夜は子どもがまだ宵っ張りで元夫の帰宅時間でも

起きていた時代。

 

ぐずる子どもと戦っていた私に向かって

扉を開けた元夫が

「もうこんな家帰ってきたくなくなるよ」

と言った瞬間。


 

そして、離婚話が出てもなお再生を願って

私はなんとか家族をやり直そうと、

子どもの心を守りたいと必死になっていた頃。

三人で水族館に行った。

 

一緒に行ったのに少し離れてばかりいる元夫。

ペンギンを見るのに私と子どもだけが水槽に近づき、

タバコを吸いに行こうとしている元夫を見て、

子どもが「パパとも見たい」と言った。

私は「だったら言ってきてごらん?」と答えた。

すると、子どもが「・・・怖くて言えない」と半べそになった。

 

後日、そのことを元夫に伝えた。

すると、元夫は冷たい目で私を見て、

「・・・。俺にどうしろっていうの?」

とだけ言った。

「私には仕方ない。

 だけど、子どもにまでそういう雰囲気を出さないで。」

 

なぜそんなことがわからないのかがわからなくて、

この人はもう私の理解できないところにいるんだ、

と思った瞬間だった。



 

今、私はある程度は心も回復してきた。

でも、時折訪れる黒い心の日、

この二つの瞬間は必ず甦ってくる。

甦るたび、何度も心の傷を再び新しくえぐり、

決して完璧に治ることのない傷跡にして

また再び心の底に戻っていく。

 

今、週に一度会っている時の会話を子どもから聞くたび、

あの時の元夫は何だったのだろう、と思うくらい

子どもにとっては優しいパパに戻っている。

悲しいけれど、彼にとってはこのペースが最適なのだろう。

子どもも

「毎日一緒にいられないのは寂しいけれど、

 こうなってからの方がパパはずっと優しくなった。」

と呟く時がある。

それはそれで良かった・・とも思うし、

どうして毎日一緒だとそれが叶わないのだろうかとも思ってしまう。

たまに会うからいい、というのは

まるで孫とじいさんばあさんの距離感ではないか。
 

仕方ない。

それが私達だったんだな。



 

友達のフラッシュバックの光景も似ていた。

「今はお願いだから・・・」という時に背を向けた夫の図。

 

夫婦が壊れてしまう最初のきっかけの光景。


 

一体何年かかったら解放されるのだろう。

解放される日なんて来るのだろうか。





 

ただ、ひとつ、言えることは。


 

それは確実に「過去」のことである、ということ。

 


なのにどうにもならないからつらいんだけどね。

 

それでも、「過去」のことなんだよ、と自分に言い聞かせるしかない。