子供が学童に行きたくないと泣いていた。
離婚して4ヶ月。
一人で留守番させている間、
どれだけ不安な思いで仕事をしてきたか。
やっと学童という預け先に入れてもらえて、
ようやく安心して働ける・・・そう思った矢先のこと。
小学校の入学当時、
ちょうど今くらいの時期。
入学して2週間ってとこね。
その頃にもやはり登校拒否になったの。1ヶ月。
つらかった・・・
毎朝、まさに「死んだ魚の目」みたいな目つきで
布団の中から出てこない子供。
無理やりひきずりだしてもずっと泣いていて
トイレに頻繁に行くようになって、
身支度なんて全然進まなくて。
とにかくずっと泣いている。
ごはんもろくに食べやしない。
玄関に行くまでがやっと。
玄関を出ても立ち止まって道の途中だろうがなんだろうが
おかまいなしに泣いている。
なだめても怒っても聞く耳持たない。
原因は何度聞いても言わない。
っていうか、本人にもわからないんだろうな。
ただただ不安なだけなんだと思う。
新しい場所にまだ自分の居場所を作ることができなくて
なじめずにいる。
幼稚園の頃とはちがって先生は遠い存在。
今までのように「どうしたの?」と優しい声でなんて接してくれない。
学校のなかに頼れる大人はどこにもいない・・・
そんな気持ちだったんだろう。
給食時間が怖い、残したら怒られる・・・
確認したけど今の時代はそこんとこはゆるい。
残すというか、最初から減らした量にしてもらえる。
先生が他の子を叱っているところが怖い・・・・
悪いことをしたら怒られるのは当たり前。
ヒステリックな怒り方だったら問題だけど、
普通に注意していることまでゆるやかにしちゃったら
無秩序な場所になってもっと怖いことになるぞ。
何より。
お前は何も怒られていないだろう。
そんな問答を毎日毎日バカみたいに繰り返すことになり。
親子ともども壊れていました。
不登校の子供の扱いがここまできついものとは
思ってもみませんでした。
そして、昨日の朝、布団の中の子供の表情を見たとき、
あの頃の記憶が一気に甦り、愕然としました。
またか・・・
しかも、今度は私一人でこの問題に立ち向かわなくてはならないのか。
そこからまたしても子供の勝手な思い込みによる
悲観的想像の発言をひとつひとつ「それはちがう。」と説明しまくり。
でも、何ひとつ納得しないでただひたすらに
「学童に行きたくない」と繰り返す。
どんなに「あなたの安全のため。」と言っても泣く。ひたすら泣く。
私も泣いた。
張り詰めていたものが解き放たれたかのように、泣いた。
そして、叩いてしまった。
「いい加減にして。
ここで暮らしたいと言ったのは自分でしょ。
転校したくないから、そのためなら学童だって行く。
そう約束したでしょ。
それができないなら田舎でじいちゃんたちと暮らすって。
今までどれだけママが不安な思いで留守番させていたと思う?
預けたくても預けられないおうちの子だってたくさんいるんだよ。
そういうおうちのお母さんがどんだけつらい思いで留守番させていると思う?
甘ったれるんじゃない。」
と。
そして、泣いて泣いて。
それでも納得しようとしない子供に完全にいらだった私は
自分の手にどんどん力がこもってしまうのを感じてやばいと思った。
だから元夫に泣きながら電話をした。
「叩いちゃった。もう限界。本当に限界。」と言うと
子供に電話を代われというので、しばらく私は離れたところにいた。
子供は電話口でひたすら泣いていた。
最後に電話を代わった時
「これから休めない時期になるから、本当に困るの。
もうこんなんじゃやってけない。仕事できないよ。
こんなんじゃこの先どこも雇ってくれないよ。
あなたには甘えているとまた言われるかもしれないけど、
実家に帰ることになるかも。
このままでは生きているのがつらい・・・」
と言ったら
「俺、甘えているなんていった?ずいぶん前の話でしょ。
ここの地域に比べて治安が悪いから反対だっただけじゃん。
あの後、別に帰ってもいいよ、って話をしたじゃないか」
と言われた。
そう。たしかに、あの後、「帰っても『いい』」と言った。
でも、それは数日して
少し自分の発言に居心地が悪くなって取り繕うようにつけた理由であって。
私が離婚を持ち出された時に
実家で暮らすことになるかもと言ったときに
「どんだけ甘えてんだよ!!!」
と間髪いれずに怒鳴りつけた時のこと、
あなたが忘れても私には忘れられない一瞬だった。
まだ離婚話が出る前、何度か引越し問題が出たときに
田舎暮らしをしたい元夫の出した案の一つに実家という提案もあった。
でも、うちの実家は色々と問題があること。
そして、治安的にもいいとは思えないこと。
何より、今住んでいる町が好きで、子ども自身もここにいたいと言い続けていたこと。
そんなことがあって、元夫の田舎暮らしは賛成できなかった。
大体、嫁の実家に本気で来たがっているわけもないだろうと思っていたし。
ただ単に田舎に行くという選択肢に引きずり込みたいだけだと思っていた。
その当時のことを根に持っていただけのことなのだ。
反対されて悔しかったから、
「今更実家に行きたいっていうくらいなら何故あの時に反対したんだ」と。
確かに怒りに震えながらその時元夫はそう言った。
でも、今の彼の頭の中では自分の発言はそういう意図ではなかっただろう、と
ただ子供の身の安全を考えてのことだっただろう、と綺麗に変換されている。
いや。
あの時のあなたはただ単に自分の意見に今まで反対していたくせに。という
怒り以外のなにものでもなかった。
「今まで」と「これから」の状況が違うんだということ、何一つわかっていなかった。
だから、今回のことも、
いくら電話で説明してもこの人には通じないだろうな、というのはわかっていた。
だから心が折れてしまう。
子供が生まれたばかりの頃、
里帰りから帰って、
東京の狭い家で言葉も通じず泣いてばかりの子供と2人きりの毎日。
へとへとで煮詰まっていて、元夫の帰宅をどれほど心待ちにしていたか。
でも、泣き言を言うと、不機嫌になられた。
私はほんのひとこと、「ありがとう」って言ってもらったり、
土日のほんの数時間でいいから
「たまには気分転換しておいで」と息抜きを促して欲しかっただけ。
でも、たまにオムツを替えること、たまにミルクをあげること、
それだけで育児に全面協力気分の夫。
決してそれ以上は自分から提案してくれることはなかった。
食品の買出しもベビーカーを押さず(うちの子はベビーカー嫌いで大泣き)
一人で行きたいからと土日にほんの1時間くらいの外出を申し出ると
「なんで平日に行っておかないの」と不機嫌に言われた。
理由を言うと、能力がないようないわれ方をされた。
他のお母さんは皆できているのに・・・という言われ方だった。
今でも、私ぬきで子供と丸1日過ごすことは元夫にはとても大変なことなんだろう。
あれだけ「子供を愛している。これからも会いたい。」
そう言っても結局二週間に1度、1時間会うか会わないか。
そして、できれば私が同席していた方がいいようなニュアンス。
私に会いたいわけではない。
扱いに困った時にバトンタッチしやすいように、だ。
結局彼は自分しか愛せない。
わかってはいるけどそういう人だ。
昨日は私達の追い詰められた状況にも
電話の向こうだけでの参加状態でしか考えていない風の夫に腹が立って
困らせてやりたくて
「あなたが育てていくってことも可能?
どうしても東京で暮らしたいって言うの。
実家に行ったら今度は学校に行けなくなっちゃうって脅されるんだけど。」
って言ったら言葉につまっていたよ。
仕事ができなくなる・・・って言いたいんだろうけど、
私なんて仕事ができないどころか、仕事に就けなくて困っているんですけど。
いつだって仕事を言い訳に使うな。
育児に参加できなかったのも、仕事仕事というけれど、
あなたの仕事がもっと早い時間に終わっている日も多かったのは
あなたの同僚の話から私はとっくに知っていることなんですけど。
その人に迷惑がかかるから知っているとは言わなかっただけで。
子供は渡しません。
渡すわけはありません。
もう実家に帰ってもいいよ、と言うあなた。
「別に実家に帰ったからって会えないわけじゃない」。
そうね、そうだよ。
でもね、子供の気持ち、少しは想像したことあるのかよ、と言いたい。
本当に会いに来るつもりでいるのかよ、と言いたい。
あなたは約束を破る人だ。
こんなに近くに住んでいても、子供に「離婚しても何も変わらないよ」
と言いながらもいくらでも都合をつけられるはずの時でも時間を作らず、
「仕事」と言えばあとは私がフォローするだろうと思っている。
私は子供の心を傷つけたくはないから仕方なく仕事だから・・・と言う。
その度に憎くてたまらなくなる。
子供が会いたいと言う限りは会わせます。
でも、あなたの口から出る理想論と現実のギャップのせいで
私はずっとずっと人間の怖さを再確認させられる思いで傷が治りません。
あなたを許せるようになれたら。
そう思うのに、
何かあるたびに、あなたの勝手さを再認識させられてきついです。
「頼らない」んじゃないから。
頼るのが怖いの。
とりあえず、昨日は泣く子供をなかば強制的に登校させた。
学童も休ませなかった。
昼間に学童の先生に電話をして事情を話した。
帰宅してドアを開けるとき、
子供の顔を見るのが怖かった。
笑っている。
よかった・・・
本当によかった・・・
思い切り抱きしめて、朝のことを謝った。
先生に電話をしたことは言わずにおいた。
子供の話によると、先生が
「がんばりすぎなくていいんだよ」と言ってくれたということだ。
それを話す子供の顔はとても嬉しそうだった。
そういうことだったんだな。
そう。
子供は頑張っていた。
なのに、私は子供に
「がんばんなさい。皆がんばっているじゃない。どうしてできないの。」
というようなことばかり言って追い詰めていた。
私がずっと追い詰められていた言葉じゃないか。
同じことを子供にしてしまっていたことに気づく。
先生、ありがとう。
多分、電話口で私が先生にそう言えばいいといわれても
きっと納得できなかった。
でも、こうやって「それが必要だったんだ」と目に見えた結果があると、
納得。ただただ納得。
適切なタイミングで適切な相手に相談する。
とてもとても大切で、
とてもとてもありがたいことだということも気づいた。
ごめんね、子供。
大好きだからね。