こめだゆきです







今まで生きてきた中で私が不幸であり続けた決定的な原因は、

自分の人生に対する思い込み(前提)だと思っています





物心ついてから、大人になるまでずっと、

「幸せ♡」なんて心から思ったことがなくて、

幸せってなんだ?という問いがいつも自分の中でぐるぐるしていました

幸せになるとか、不安や悩みがないとか、

恋愛がうまくいくとか、

大好きな人と幸せな結婚ができるとか、

全部「あり得ない」で、

それはまるで芸能人になるようなそんなレベルだと思っていたのです

なぜなら、私が不幸なのは"スタンダード"だと思い込んでいたから

近頃は幸せいっぱいな人生にも大分慣れてきたけど、

それでもふと、これは夢なのか?この幸せは一時的なものなんじゃないか?

そう思うときがあります





ただ、どんなことがあっても揺るがない私になれたのは、

「幸せであることがスタンダード」だと決めたからで、

何かうまくいかないときや心が乱れてしまったときは

"異常"だと捉えて、自分に集合をかけ自分時間を作っています





過去の私を始め、みんな自分が満たされないことや、

モノゴトがうまくいかないこと、

男性に愛されないことにも、全部慣れてしまっているのかもしれません

本当は異常なことなのに、仕方ないね、

みんなそうだしね、こんなもんだよねって

"普通"にしてしまってると思うのです





ただ、今何か満たされない、

こんなはずじゃない、

なんか変われる気がする、

私だってあれもこれも手に入れられる気がする、

そうやって少しでもザワザワするなら、

今の現状はあなたのスタンダードではないはずです

その違和感を十分に感じてください






私は昔からすごく負けず嫌いでした

子供の頃いじめられてた時期も、

自分が欲しいもの全て手に入れてる人を見たときも、

上から物を言い、雑な扱いをしてくる人がいても、

いつだって、「いつか必ず超えてみせる!」

「見返してやる!」という精神だけは持ち続けていました

「なんで私だけこんなんなの?」と、悔しくて仕方ないときも、

「負けたくない」「私だってそのうち・・・!」

という根拠のない根性だけはあった気がします

今思うとかなり品のないズレた競争心ですが、

その負けず嫌いなココロはいい意味でバネになってきたと思います

あの時思い描いた越え方とは違いますが、

今、あの時見返したいと思ってきた人たちより遥かに

私の幸せレベルは高いという自信があります





「人と比べなくていい、あなたはあなたなのだから」

なんて言葉はよく聞きますし、私もよく使います

ただ、羨ましい気持ちと悔しい気持ちは時に大きな力になるものです

特に、彼とお別れした次の日に参加した

友人の結婚式での気持ちは今でも忘れられません

心から友人の幸せを祝福できないココロはとても醜かったけど、

そのとき心に誓った「今に見てて!私はもっと幸せな結婚をするんだから!」

そういう思いが幸せな結婚をすることに

「絶対」をつけて私を動かし続けてきました





あなたが羨ましい、悔しい思いをしたときはどう捉え、

どう動きますか?





自分より上手くいってる人を見て

相手を嫌いになり突き放すか、

どうせ私には無理だと諦めるか、

人は人、自分は自分という考えを履き違え逃げるか、

それとも、自分の現状を受け止め、相手をお手本にして

自分も努力していこうと心に決めるか





羨ましいとか悔しい思いをした時の心の在り方で、

あなたのこれからの未来は大きく違ってきます

私は負けず嫌いでよかったと心から思っています

捻くれながらも自分は努力不足、まだまだなんだ、と

認めて努力を積み重ねてきたから今がある





人と比べなくてもいいし、誰一人として

誰とも比べられない価値を持っているのは確かです

ただ、人を見てざわざわしたときに、

私は私でいいんだ、と頑なになってしまうのはなんか違う

自分を肯定しつつ、自分を高めていくことは必要だから

自分の至らないところ、未熟な部分を自覚して

羨ましさ、悔しさを武器にしていけるといいですね

負けず嫌いな根性は上手く使えば、

とーっても大きな原動力になるものです






 
 

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