空を自由に飛びたいな♪ | 思いの坩堝

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モノカキになると誓った元単身赴任会社員の文章修行場です!

最近仕事で、小田急と相鉄と社用車を駆使して、大和、海老名、相模大野を結んだ三角形の中をぐるぐるしている。

先日も、相模鉄道、略して相鉄のとある駅から大和を経由して自宅へ帰ったのだが、その道すがら、あまりに気になったことが一つ。

連日の終電帰りの影響から、帰路にありがちな、電車を待つホームでとりとめのない雑念に思考を預ける行為に耽って、つまりはぼんやりしていたところ、向かいのホームに電車が滑り込んできた。

同時に轟音が耳をつんざいた。
ホームに電車が接触しているのかと思った。周囲を見渡すが、驚いているのは自分だけだ。
音は、電車がホームに停車し乗客を吐き出して再び飲み込む途中まで続いていたように思う。終わりの方は高温に変化し、空気を震わせた跡が水紋のように残り、向かいの電車がいなくなった後も漂っていた。

途中で思い至った音の正体についての予想は、ほんの少ししてすぐ正しいことがわかった。電車の発する音に紛れず単体で聞こえてきたからだ。ホームの屋根の間の空にその姿を認めたからでもある。

それは、座間にある米軍基地から飛び立つ戦闘機のたてる音だった。私はその方面に知識がないので、その機がどれだけ優秀な性能を持っているのか知らない。縦に少し長い二等辺三角形の余分なところを削ったような造形で、白く平べったかった。

大きな音は、人の感情にダイレクトに働きかける。予想もしない大音響は、不安と恐怖を掻き立てる。原始的な心の作用によるものなのだろう。

恐らく地元の人は、普段、そういう音が聞こえることがあるという経験と慣れにより、ストレスを抱えながらもある程度やり過ごしているのだろう。

しかし、夜中の12時である。
人に迷惑をかけている自覚のある暴走族よりたちが悪い。
赤ん坊は泣き出すだろう。

夜間訓練という名の民衆への暴行だ。平穏な日常の夜を切り裂く爆音、超低空飛行、腹がたった。

国際政治や国家間の思惑、軍備の必要性、小難しいことを主張するつもりは、ない。

ただ、疲れた身体に大音量を浴びせられたことが、単純に不快だった。ひどく個人的な感情として腹がたった。

空を自由に飛びたいな

自由に飛べる空なんて、
今はまだ、ない。