方言コンプレックス | インドア人間のどうでもいい日々の記録

インドア人間のどうでもいい日々の記録

教員生活4年目。学校ではこどもにもみくちゃにされながら、毎日どなりちらす日々ですが、生徒たちは自分をどなりちらす先生がこんなにもダメ女なことを知ったらどう思うでしょう・・・。

今インターネットのなんかの特集で、


「東京では通じない地方の言葉」っていう見出しが見えた。


私は東京で暮らしたことはないが、


大学時代の5年間を過ごした大阪ですら、


通じなかった言葉が多々ある。


というか、あたしのふるさとがある地方は、


広島県内でも群を抜いて言葉が汚い。


他県はおろか、県内ですら通じないであろう言葉が数多く存在する。


ここで言う汚いとは、大阪の人がよく言う、


「(大阪の中では、北よりも) 南の人の方が言葉が汚い」


とかの比ではない。


それは「汚い」というか、ただ単に「柄が悪い」という意味であろうと推測されるが、


「我々の方言」は違う。


本当に耳にした感じが「汚い」のだ。




「広島弁好きやわ~かわいいや~ん」


と言われるたびに、私は思ったものだ。


「果たして、他県の人が思っているであろう「広島弁」と、


 我々が話すこの汚い言葉をひとくくりにしてしまっていいものだろうか。


 確かに私の田舎は場所でいうと広島に位置しているけれども、


 「本当の広島弁」を話す人たちにちょっと申し訳ないぞ・・・」


と。



私の世代はまだいい。


しかし、40オーバーのおっさんたちが会話しているのを聞いていると


そういったわけの分からない汚い言葉のオンパレードで、


聞いているこっちの方が恥ずかしくなる。


・・・う~んと、


たとえば、以下、よく家の近所で聞く会話。 注・・・(  )内は標準語訳



おっさんA:「おーい。Bさんよ、こけー来てちーとわしのてごーしてくれんきゃーな」

       (Bさん、こっちへ来てちょっと私の手伝いをしてくれないかな。)

    

おっさんB:「おいおい、どぎゃーしたんにゃこりゃー。

        (おいおい、どうしたんだこれは。)  

     

        こぎゃーなおもちゃーもん一人でさげよーおもーたんか、

        (こんな重い物を1人で持ち上げようと思ったのか?)


        そりゃー無理じゃろーて。

        (それは無理だって。)

 

        あんたこんぎゃーなぼっけーあちー日に無理したらいけまーが。」

        (あなたこんなとても暑い日に、無理をしたらいけないじゃないか。)


おっさんA:「ほいじゃーの、あんたそりゃーそけーすけてから。

        (それじゃあね、あなたはそれはそこへ置いて。)


        わしゃこいつあすけーあるもんのねきーやりてゃーんじゃ。」

        (私はこれをあそこにある物の傍に持っていきたいんだ。)



と、まあ、これはほんの一部であるが、


ここら近辺のおっさんたちの会話では、


赤字のような普通標準日本語では現れるはずのない音すら頻繁に登場する。


大阪に住んでいた頃は里帰りするたびにこのような会話を聞き、


「ああ・・・・帰ってきたなあ・・・・」


と思ったものだが、


それは決して感慨深い感じの「ああ・・・」ではなく、


『いやー帰って来てしまった・・・』という方の「ああ・・・」であった。



周囲におっさんがいないからと言って油断できるわけではなく、


たとえば学校でも、


「先生~!!Gのやつ、わやくそじゃけえ注意してーや!」


などというせりふは日常茶飯事で、


ちなみに「わやくそ」というのは「もうとにかく大変」という意味の


人・物・状況・すべてのことに用いることが可能な


オールマイティーで便利な形容動詞ではあるが、


そのような生徒はおそらく家に年寄が同居しており、


日々「我々の方言」に汚染されていっているものと考えられる。



と、えらそうに書いてみたものの、


これを書く私も、


この先アラビア語をマスターすることはあっても、


「標準日本語」を話すことは一生ないであろう。


それほど、私に根強く染みついたこの「広島1汚い方言」を


矯正することは不可能に近い。