自分に優しくありたい話。 | あにろぐ〜漫画家・兄崎ゆなのなんやかんや〜

あにろぐ〜漫画家・兄崎ゆなのなんやかんや〜

 漫画家・兄崎ゆなの、あれやこれやと、ぽめたろう♡(犬)

重陽の節句ー


栗ご飯ー


食べたいー



兄崎ゆなです。


1日のうち半分は食べ物のことを考えています。


さて



私は意図的に自分のことに集中するようにしているので

ひとのことや

世の中のことは

見てるし聞いてるし調べたりしてるし

自分なりに思うこともあるけど


「ていうか

ご飯何食べようかな」


自分に焦点を戻すように癖づけていて


なんでかって


自分以外はコントロールできないので

(自分すらコントロールできないことあるのに)

思い通りにならないことにイライラしたりしたくないし

よく言うのですが

みんな結局自分視点でしかものを見れないし思えないから

自分の話をするのが一番責任取れるというか。



しかし

「人を慮る」ことをしないわけではなく

一応気遣いはあるつもりです。



変な話


自分の持っている毒を認識しているから

なるべく無害であろうとする、


みたいな感じがあって。



「私は致命傷を負わせてしまうから

優しくあろう」

頭の隅で思っている節があります。



優しい人って

残酷になろうとしたらマジで残酷になれると思っていて。


優しくするって、

相手がいい気持ちになるポイントをおさえることだから

相手が酷い気持ちになるポイントも

わかっているのだろう、と

なんとなく。



まあ

それも

私が私の視点で見たり思ったりしていることなので

他の人には違うのかもしれないけど。




自分に優しくできない人は

人に優しくできないのではないか、

ちょっと思ったのですが


それは


自分に優しくしないと

「優しい」の物差しがずれてしまって

人に普通に接しているつもりでも

人からすると厳しめになっていたりするから。


散々貶されて育った人が、

人に対してつい貶めるような発言が多くなり

自分では「え?これくらい普通じゃないの?」

としか思えない、みたいな。

基準がずれちゃう感じ。


だから

自分に無理はさせすぎないほうが良く

人を自分の基準で見ないほうが良いのでは、と。


「これくらいでなんで休むんだ?

私なら、もうちょっと頑張るし

なんならぶっ倒れるくらいやるぞ?」

とか、

人に対してそういうの、やだなー、と。



さて


自分に優しくするには

何したらいいかなぁ。



……


栗ご飯かな。





ぽめたろうは

もっと私に優しくしてもいいと思うよ。

朝、3時に起こさないとか。



保冷剤入りバンダナとカーディガン

なんか、色合いおそろ。

こういう色が好きなんだな。




こくち



いま


女郎蜘蛛〜クズ喰い〜


というまんがをかいてます。


あおいちゃんは勝手に動いてくれるキャラなのですが

描くたびに違う人(人?)みたいで

「もっと統一しなきゃ」と思いつつ描いてます。


あ、そうだ


私のこだわり?に生々しさを感じない生々しさ

というのがあって

体型をあまりプリンプリンにしないで

ふつうの、その辺の温泉で見るような

悪く言えばスタイルよくない崩れた身体にしたりしています。

「この子は足が太いのを気にしている」とか

「この子は背が高めだからちょっと猫背気味」とか

「この子は自己肯定感高めだから、自分の体型にあまりコンプレックスを感じていない」とか

そんな設定をしながらキャラを描いています。

まあ

設定はそうだけど、絵的にちゃんと表せているかは画力の問題なのですが。