日曜の昼下がり、体のだるさと共に

頭がぼんやりするのを感じた。

うーん。つまり熱中症か。

鯖街道を歩いたのは一週間前。

バイトも4日連続とはいえ、

人数過多のため、いつものあたふた感に

比べれば楽勝もいいところだったので

早めに帰ることが多かった。

夏ばては考えにくい。

とすれば、図書館での無料涼み作戦が

裏目に出たのか・・・。


我が家にはクーラーがない。

去年はそれほど暑くなかったにせよ、

朝日から西日まで日光の直射を受け続け、

さらに下階からの熱気で温められた5階の部屋は

夜になっても布団が生ぬるいこと数日あった。

私なんぞはエクアドルの低地、海側に住んでいたので

暑さとクーラーなしの生活に慣れっこになっているので

なんとも思わなかったが、日本の生活をしていると

否応なく空調の効いた場所へ赴かなくてはならない。

そうすると、ついつい暑い日は涼しいところへ、

寒い日は暖かいところへと足が向く。


そんな風にして、本を読み&涼みに図書館を

良く利用したのが今年だった。

2・3時間もいれば、体は芯から冷え切り、

体が震えるぐらいだ。

あんな中に「気持ちいい」といわんばかりに

さらに長々と居座る人もいる。

同じ人間なのにこうも違うものかと感心する。

外に出たときに急激な温度の変化に

体は拒否反応を示すのだろう。

急激なダルさを私に与えてくれる。

まったく夏の暑さを嫌いにさせる要素は

こんなところにあったのかと思う。


「快適」といいながら、その後に控える深い敵(誤変換にしては的を得ている)、

基、不快適を生み出しているのは、結局自分自身だということににも気づかされる。


生まれてすぐに空調の聞いた「快適」な病院で過ごし、

「快適」な環境を整えられて育てられた子が、

大人になって「不快適」な環境で過ごさなくてはならなくなったとき、

突発的に“キレ”ることにつながったりするのかもねぇと

ぼんやり考えてみるのでした。


そういえば、ほんの5歳違うだけで、

生まれたときからクーラーがある生活をしているのだから、

ジェネレーションギャップがあって当然なんでしょうね。

生まれたときから携帯が当たり前、インターネットが当たり前で

生きている人となんて、考え方も感じ方も大きく違うのかもしれませんね。

当然、同じ世代でも、一人ひとり違うのだけれども・・・。