大阪熱が再発 | ラスベガス的リタイアの法則

ラスベガス的リタイアの法則

在米30年をハワイと南カリフォルニアで過ごしたのちに、ラスベガスで始めた引退生活。ところが主人が悪性脳腫瘍に。ラスベガス大好き♡なヨメが、愛する主人のために古巣カマリオへ。
主人が天国に行き、ラスベガスに戻って来ました。時に泣きながら、一生懸命生きてます。

【転載、複製、自主発言を禁止します】

Hi everyone!

お元気ですか?

今日も長男が来たので、一緒にランチ。


キャベツがあったのでコールスローを作ろうと思ったのだけど、ゴボウもあることに気づいた。


なので、コールスローにゴボウを入れてみた。爆笑


さすがにゴボウは生では食べられないから、2分茹でて。


コールスローは、普通マヨネーズとブラウンシュガーとお酢に塩少々だけど、ゴボウを入れたらアジア風にしたくなり…。


だし醤油少々とごま油を足したら…。


大ヒット!爆笑

また次男は時間差で後から帰って来て食べたのだけど、キャベツ半玉使ったのにあっという間に完食。

めでたくレパートリーの仲間入り。照れ


カツカレーも美味しかった〜!


さて。

今日母から電話があり…。

また「ここ出ようと思うねん」病が再発。えーん


母「ほんでな、大阪の阿倍野に細い家があるの、覚えてる?」


私が中学まで住んでた長屋のこと。

おそらく戦後すぐに建てたのであろう10坪ほどのちゃちな造りの長屋に、私は中学を卒業するまで住んでたんですよ。


数軒先には長唄のおっしょさんが住んでて、大阪の下町のにおいがプンプンしてた。


長唄のおっしょさんは、皆んな「おっしょさん」と呼んでたから名前も知らん。爆笑

いつも着物姿で上品で、ホンマの大阪下町の大阪弁を話しはってん。

ミヤコ蝶々の大阪弁と一緒やった。


家はボロボロやったけど、私はあそこが大好きやった。


高校になったのを機に、両親は茨木市にマンションを買って引越し、その家はずっと賃貸に出してた。


それが両親とカマリオに住んでた時に、テナントさんが出ると言うので、そこで両親はその家を売った。


私「あの家はお隣りの◯◯さんが買わはったやん」


母「◯◯さん?」


私「ホラ、うちの右隣りが大工のXXさんで、左隣りが◯◯さん。◯◯さんが、売るねんやったらうちに売って、言うて売ったから、あの家はもうないねんで」


母「アンタ、よう覚えてるなぁ。ほんで近所に仲良しの人がおったやろ?名前なんやったかな」


私「中川さん?」


母「そうそう!中川さんがこの間、行った時にはおれへんかってんけど、なんかあったら言うてや、言うてくれててん」


私「この間っていつ?」


母「この間」


爆笑爆笑爆笑


両親があの家を売ったのは、10年以上前。

それから阿倍野には行ってない。

いつもの擬似記憶。


私「だって、あの家売ったんは10年以上前やで。それに、中川さんってまだ生きてはるん?」


中川さんの長女は、確か私が小学校の時には大学生で、弟も私よりはずっと歳上やった。中川さんは母よりもかなり歳上のはず。

阿倍野時代の母の友人は、多くが他界しはった。


茨木市に引越してからも、ずっと阿倍野時代の友達とは連絡を取ってた母やけど…。


考えたら70代で他界した人は連絡も来るし、その前にお見舞いにも行けるけど…。

他の人も皆んな90歳前後であれば、遠くに住んでると生きてるのかどうかもわかれへんようになるんやね。


それに連絡もらったとしても、母は覚えてないやろな。滝汗


母「生きてるよ〜」


私「だって◯◯子ちゃんは、私よりすごい歳上やってんで」


母「◯◯子ちゃん?」


私「ホラ、上のお姉ちゃん。△△君でも私よりかなり歳上やったのに」


母「…」


誰のことも覚えてないねん。

名前を聞いても思い出されへん。

認知症になっても昔のことは覚えてるんかと思ってたけど、そんなことないんやね。


都合が悪くなると、


母「そんな昔の話はせんとこ」


爆笑爆笑爆笑


私「ママが阿倍野の家の話したから、あの家はもう売ってんで、って言うてるねやん」


するといつものように、唐突に「ほんなら」と電話を切った。


爆笑爆笑爆笑

なんでまた施設を出たくなったかというと、またまた被害妄想。
最近は「もうここにおることにしてん」と言うてたからひと安心してたのに…。

心が折れた。えーん

今年も母の日を絡めて会いに行こうと思ってるんですが…。

母が外泊できるなら今回は関空行きにして、大阪から母を迎えに行って、大阪で一緒に過ごそうかといろいろ調べてたんです。

そんなに大阪に行きたいなら、連れて行ってあげようと思ったのと…。
あのビジネスホテルにはもう泊まりたくない一心で、大阪ー四国間を母の送り迎えで2往復する計画。笑い泣き

でも今日の電話で、大阪に連れていったら、また「大阪に引越す」熱が出るかも、とちょっと不安に。あせる

ただ認知症のいいとこは、良かれ悪しかれなんでもすぐに忘れること。爆笑

母の日までにはまだまだあるから、大丈夫かな。

母が外泊でけへんかったら、ノーチョイスであのビジネスホテルに泊まらなアカンねんけどね。ゲロー

かなり辛い…。泣

まあ、バケーションビッドはまだ始まってないので、日程が決まってから考えよう。

#InThisTogether
#AloneTogether
#Dementia

ひとりでもひとりぼっちじゃないから。
皆んなでお互いを思いやり、助け合い、励まし合ったら乗り切れるから。

今日も無事に過ごせたことに感謝して、明日も一緒に頑張りましょうね。

食いしん坊親子の旅NYCピザ編

【記事の一部を引用する時は、「ラスベガス的リタイアの法則:(タイトル)から引用」と記して、リンクを貼っていただけますようお願いします。なおリブログはご自由に】


では、お元気で。

Have a nice day!

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