)ルーブル美術館。
かつては、歴代フランス王家とナポレオンの居城だった。
380,000点以上の収蔵品があり、そのうちのおよそ35,000点が
展示されている。
この35,000点が一体どういう数字かというと、こんな単純計算をしてみた。
全ての作品を観賞するのに、例えばひとつひとつの作品の前で2分立ち止まるとしよう。
1週間のうち6日間(火曜日休館)×9時間(開館9:00~18:00)、(夜間開館時間と祝日休館日を考慮しないで、)
休憩無しで回っても、毎日通って約5ヶ月かかる。Σ(=°ω°=;ノ)ノ エッ!?
開館前から既に長蛇の列!さすが入場者数は世界一。
地下の売店で、パリ市内と近郊の色んな施設の入場券として使える、ミュージアムパスを購入してから、パス専用の列に並びました。
↖パリミュージアムパス色んな施設を見て回りたい人にはおススメです。私たちはこれ(と、1週間の地下鉄定期券も購入)のおかげで、かなり見て回れました。
ルーブル美術館とか、オルセー美術館、ベルサイユ宮殿など超人気の施設では、ミュージアムパス専用の列に並んでも1~2時間待ちましたが、それ以外の施設ではスムーズに入場できましたし、入場料もかなりお得でした。
さて、入場して最初に向かったのは、「モナ・リザ」。
防弾ガラスに入っています。(話には聞いていたけれど)ちぃさっ!!(笑)
モナリザの反対側に向かい合うようにしてあるのが、ヴェロネーゼの「カナの婚礼」
壁一面を覆うほどの大きさ(990cmx666cm)。ルーブル美術館の中で一番大きな絵だそうです。
「カナ」というのは地名で、そのカナの町で行われた結婚式に出席したイエス・キリストが、水をワインに変えるという奇跡を起こした場面が描かれています。

画面左側に新郎新婦(本来は中央に居るべきですが、イエスがメインに描かれている為)、中央にイエスとマリア、その頭上で数人が子羊の肉を切り分けています(=後のイエスの受難を表します)。右下では、水がめの水がイエスの力によりワインに変わった様子と、披露宴の世話人がワインを味見している様子が描かれています。
これは、イエスが人前で最初の奇跡を見せ、それにより弟子たちはイエスが神の子であると信じるようになった、重要な場面とされています。
とりあえず一番見たかったモナリザを見たので、あとはゆっくり回ることにします。
元来た順路を少し戻って、ズラッと絵画が並んでいる長い部屋を見学。
ここは、自然光を取り入れる構造になっています。

フラ・アンジェリコの「カルヴァリ山(キリストの磔刑)」。
カルヴァリの丘は、ゴルゴタの丘、カルワリオの丘とも呼ばれ、いずれも「ドクロ」という意味らしい


余談ですが、フラ・アンジェリコの絵で特に有名なのは、フィレンツェにある「受胎告知」ですネ。
フラ・アンジェリコとは、「修道士アンジェリコ」という意味で、本名はグイド・ディ・ピエトロというそうです。
ラファエロの、「美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)」。
丸みを帯びたタッチのおかげで、雰囲気がとても柔らかく慈愛に満ちた聖母子像となっています。

ダヴィッドの「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式」。
本来では、バチカンまで出向いて法王から王冠を頂くのが筋ですが、
ナポレオンはバチカンから法王を呼び出し、自分が戴冠した後に妻に王冠を与えています。
ナポレオンの後ろで着席して見ているのが法王です。当時のナポレオンがどれほど勢いがあったか、わかる気がします。

ドラクロワの、「民衆を導く自由の女神」は、現在はルーブルではなく、昨年12月にオープンした、ルーブル美術館の別館「ルーブル・ランス」にて展示。これも楽しみにしていた作品だけに、ガッカリ・・・
しばらく呆然・・・。
テオドール・ジェリコーの、「メドゥーズ号の筏」。
座礁したフランス海軍のメデゥーズ号。少なくとも147人の人々が、即席で作った筏で漂流。そのほとんどが救出までの13日間で死亡し、生き残った十数名も、飢餓、脱水、人肉を食す、狂気にさらされた。事件は国際的スキャンダルとなった。
水平線に救出の船が!しかし、筏に気付かずに行ってしまった様子。
こちら↓は、違う場所に展示されてあったのを偶然見つけた、「メドゥーズ号の筏」の習作。
上の完成品↑と人物の配置など似ているとはいえ、やはりところどころ違います。
こちらの方には水平線に救出船がはっきりと描かれています。(丸印のところ。)

ドミニク・アングルの、「グラン・オダリスク」(横たわるオダリスク)。
後姿なのにとっても官能的。よく見たら、胴が長い気がしますが・・・


これもドミニク・アングルの作品で、「トルコ風呂」(=中東の都市でみられる伝統的な公衆浴場であるハンマームのこと)。

非常に気になった一枚。
作者不明の、「ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人の肖像画」。
左の女性が右の女性の乳首を掴み、右の女性は手に指輪を持っている。どんな意味があるのだろう・・・。
(右は国王アンリ4世の愛人ガブリエル・デストレ、左はその姉妹ビヤール公爵夫人。ガブリエルが国王の私生児を身ごもり、正式の結婚を望んでいることを示し、奥の部屋では侍女が生まれてくる赤子の産着を編んでいる、という解釈だけれど、これはただの一説にすぎない。
ちなみに、ガブリエルは王妃の座へという願いかなわず、アンリ4世の4人目(!!?)の子供を身ごもっているときに、26歳で突然死した。毒殺の疑いがあるが、真相は闇の中。
一方、子供のいない正王妃との離婚を認められたアンリ4世は、ガブリエルの死後に他の女性と政略結婚で再婚した。)
実は絵画部門では、今回これが一番のお気に入り。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作の、「いかさま師」。みんな、悪そうな顔してるでしょーーっ(笑)!
それぞれの目が何を考えているか分からなくて怖い!「よう描けてるわ~」と、一人絵の前で妙に感心して見入ってしまったのでした。
右の若い女の子を、左の3人がグルになってハメようとしている場面なんだって!
最終的には、女の子は身ぐるみ剥されたのだろうか・・・。
フェルメールの、「レースを編む女」、これも超ちぃさっ!!みんな、写真を撮るのに必死(笑)
その隣にあった、フェルメールのもう一つの作品、「天文学者」。

階段の踊り場にただ一点のみの展示、「サモトラケのニケ」
今月から1年間の予定で、大規模な修復作業が行われているようです。
ものすごい人!
エーゲ海のサモトラケ島で発見された時には、バラバラだったそうです。
勝利の女神ニケ(ニーケー)が翼を広げています。
ところ変わって、「ハムラビ法典」。 目には目を、歯には歯を!
しかし本来は、「やられたらやりかえせ」の意味ではなく、「倍返しのような過剰な報復を禁じ、同等の懲罰にとどめて報復合戦の拡大を防ぐ」つまり、犯罪に対する刑罰の限界をあらかじめ定めることが本来の趣旨なのだそう。
195条に子がその父を打ったときは、その手を切られる、205条に奴隷が自由民の頬をなぐれば耳を切り取られるといった条項もあり、「目には目を」が成立するのはあくまで対等な身分同士の者だけだったようです。
何が書いてあるか皆目検討つきません(当たり前?) 
ギリシャ・ローマ・エトルリアの彫刻の部屋へ。
「アフロディーテ」、通称「ミロのヴィーナス」。
ミケランジェロの作品、「瀕死の奴隷」。
(なんか、セクシーな像だなぁ、と思って見ていたら、実は死に瀕する奴隷ということが分かり、いやー、無知とはなんともお恥ずかしい・・・(-_-;))
もう一体、ミケランジェロの作品、「反抗する奴隷」。これも見方によってはセクシーに・・・
以上2体は、バチカン博物館所蔵の「ラオコーン」(↙コレ)に強く影響を受けた作品だとか。
アントニオ・カノーヴァの、「アモール(エロス)とプシュケ」(アモールの接吻で蘇るプシュケ)。
これは、ずっといつまでも見ていたい作品でした。私はどうも、こういう柔らかい優しい雰囲気の作品が好きみたいです。
この二人についてはこんな神話が。(興味のある人だけ読んでね~。要約です。)
(プシュケの美しさに嫉妬した愛の女神アフロディーテが、息子のエロス(アモールまたはキュに愛の弓矢を使ってプシュケに卑しい男と恋をさせるよう命じる。しかしエロスは誤って自分をも傷つけプシュケへの愛の虜となってしまう。
この世のものとは思えない素晴らしい宮殿にプシュケは連れてこられた。夫は夜になると寝所に現れるのみで姿を見ることはなかった。宮殿での生活を楽しんでいたプシュケだが、姉達に唆れて、寝ている夫の顔を見てしまう。そこには凛々しい神の姿が!
妻の背信に怒ったエロスはその場を飛び去る。
アフロディーテは激怒し、プシュケを捕らえようとした。恐れたプシュケは身を隠す。
しかし行き場所をなくしたプシュケは、観念してアフロディーテのもとに出頭した。アフロディーテはプシュケに、大量の穀物の選別や、凶暴な金の羊の毛を取ってくるなど、次々と無理難題を押し付けたが、全てクリアしてしまう。
業を煮やしたアフロディーテは、冥府の女王に美をわけてもらってくるよう命ずる。
首尾よく美をわけてもらったプシュケ。箱を開けないよう警告されていたにもかかわらず開けてしまう。中には美ではなく、なんと冥府の眠りが入っていた。
傷の癒えたエロスは昏倒している妻から冥府の眠りを取り去って箱に集め、ゼウスにとりなしを頼む。ゼウスはプシュケに神の酒を飲ませ神々の仲間入りをさせた。プシュケはもう人間でないのだから身分違いの結婚ではないと説明され、アフロディーテもやっと納得した。かくて二人は永遠の愛を手に入れることができた。)
ルイ15世の王冠。ルーブル美術館に宝飾品の展示が少ないのは、フランス革命時にほとんど持っていかれたのだとか。
美術館の中でも、ひときわ豪華な部屋へ入っていきます。ナポレオン3世のアパルトマン(複数の部屋からなる居室)です。
接客用の大広間。
調度品がそのまま残されています。
1980年代まで、大蔵省として実際に使用されていたそうです。
大食堂。こんな部屋で頂く食事は、一体どれほど豪華だったのでしょうか。
他にも、私個人が気になった美術作品を挙げたらキリがないのですが、
「ラムセス2世の巨像」
「ある女性の肖像画」
「聖ルイ王(ルイ9世)の洗礼盤」は、イスラム美術の最高傑作の一つと言われています。
名称の由来は、ルイ9世によってフランスに持ち込まれたからと言うけれど、真相は不確か。
フランス王家の皇子、皇女の洗礼のために使われていたらしい。
「マグダラのマリア」G.Erhart
真下から見ると、見下ろされて少し怖い・・・まるで生きているようです。
「書記座像」・・・意外と小さくて、あやうく見落とすところでした。
古代エジプト時代のもの(BC3800~BC1710年頃)。
あぐらをかき、両ひざでピンと張られた白い腰衣を台の代わりにし、左手で一部が広げられたパピルスを持っています。右手には筆を握っていたらしいですが、今日では消失してしまっています。
目がね、とてもきれいな目をしているのです。水晶玉をはめ込んでいるらしい。
こんなものがもしかしたら5000年前に作られていて、それが今でも良い状態のまま残っているというのがすごい。
「マルリーの馬」
これも気になった作品なのですが、誰作なのか覚えていません。分かる方、いらっしゃいますか?

展示されてある各美術品だけでなく、建物の造りそのものが素晴らしい美術品。
美術品にものすごく詳しいわけではない人でも、ルーブル美術館の展示作品を目の前にしたら、時間を忘れて熱心に観賞してしまうと思います。(実際私がそうです(^▽^;) )
少ない観光日数を上手く調整して、なんとか丸1日はここで過ごしたいものです。
館内は迷路のようで、迷いに迷って無駄な動きが多く、勿体ないことをしました
自分がどこにいるのか分からず、それぞれの美術品がどの部屋にあったのかも把握できないまま今回のブログを書いたので、部屋ごとにまとまっていなくて見づらかった点をお詫びいたします。
次にパリに行く機会があれば、今回見逃した作品がたくさんあるので、ルーブル美術館にはまた行きたいです。
皆さんのお気に入りの作品は何でしょうか?
<つづく>
(甘~~い)が有名らしいのです。

















ともウマが合うのか、オットもスィレンツィオさんとの食事(=飲み)を楽しませてもらった。
いくという流れ・・・
そんなわけで、私だけいつも飲めないし!
ム~~)






も見えます。





















