イタリアのエエとこ取り?yummy*のベルガモ生活☆TUTTO BENE!? -13ページ目

イタリアのエエとこ取り?yummy*のベルガモ生活☆TUTTO BENE!?

イタリア在住ならではのオモシロ現地情報ほか、欧州各地のいろんな景色、いろんな食べ物、旅の楽しさも伝わるかな?(´艸`)
「クスッ」と笑ったり、「へぇ~!」と思うような話題もときどきあるかも!?

l'autunno a Bergamo centro. Quando vedo gli alberi gialli e le foglie cadute, mi sento di andare a vedere l'autunno giapponese multicolore.
ベルガモの秋~。赤くならずに(なる木もあるけど、まれ)、黄色→落葉。
これは夕方6時半ごろ。日もかなり短くなってきました。
 
先週の花金は、チェントロ(街の中心部)でのアペリティーヴォ。私が来た頃に比べて、随分と日本人が増えました。
 

アペの後に行ったジェラート屋さんROMANAで、隣の席の人がじーっとこちらを見るので、何かいな、と思っ
ていたら、英語で話しかけられる。私、「イタリア語で大丈夫ですよ」、と言うとその方は、「いいえ、私が英語を練習したいの。」て、なんじゃそら(笑)。でも、その気持ち、分かるかも(*^^*)

 上が、fior di latte、下がpistacchio。
 
昨日、我が家の外壁に仮面ライダー登場!秋だから??
「ひぃぃっ( ̄□ ̄;) 」と一瞬息が止まる。デカっ!!大きさ比較に、側にキウイを置いてみた。
 


Avete già mangiato le caldarroste quest'anno?
栗の季節です。
街を歩いていると、こんな風景に出会います。これも、秋~冬の風物詩でしょうか。
 
焼き栗は、こんな風に作ります。
ブランコみたいにあっちいってこっちいって揺れて、ガラゴロ、ガラゴロ、音をならしながら、焼けた栗の良い匂い。
匂いだけご馳走さま(笑)。
 

そして、自宅では、懲りずに昨晩も夜中までひたすら栗の皮むき。間違いなく、お友達の栗女さんの影響です(;´▽`A``
またしても朝から渋皮煮をコトコト煮ています。
 








(パリ紀行は、完全に現実逃避中。)
KURIGOHAN!!
1kgの栗栗 を剥くのに、慣れないものでなんと3時間半もかかった!
何とか夕飯に間に合ったけれど、貴重な日曜日の午後を潰してしまったーーガクリ
栗ごはん栗 は美味しかったものの、何で栗剥き用の道具(SUWADAさんの、
栗くり坊主Ⅱ)が数年間引き出しの中に眠っていたかを思い出した(笑)。

 ちょっと醤油が多すぎたかな?
どうやら、所用時間は剥く人の性格にもよるようで、あの、なんて言うんでしょうかね、くぼんで筋になっている部分の渋皮まできれ~~~いに取り除かないと気が済まない性格の私 

ちゃんとル・クルーゼ鍋ル・クルーゼ で美味しく炊きたかったのだけど、3時間半も栗と向き合ってたもんだから、最後は力尽きて全部炊飯器におまかせ 
三合炊きの炊飯器で、三合+栗栗 、ご覧の通りてんこ盛りで、炊き上がりを混ぜることが出来ません(^^;;

  

1kgの栗栗 、最後は渋皮を取り除く気力なし なので、渋皮をそのまま使える、渋皮煮を作りました。
何年か前に作った時よりも、上手く出来た気がする~。なんでや?(笑)

  

最後に、栗栗 使用のタルト。
これは1週間前の日曜日。以前からやってみたかった事をやってみた。
ちょっとエエとこのお店みたいに(*^^*)、ワゴンに数種類のデザートを乗せて、食べたい物を食べたい分だけ取り分けて頂く ワゴンをガラガラガラ~、って運びました(笑)。
(栗のタルト、バナナチョコチップケーキ、クルミのケーキ、チョコバナナムース、マチェドニア)


クルミのケーキ(写真左上)は前日の夕食にご招待した友人が持ってきてくれたもので、見た目は色が地味なんだけど、サックサク、素朴味でとっても美味。イタリアのドルチェは甘過ぎたり、重過ぎたりして自分では作ろうとはあまり思わないんだけど(ティラミス除く)、
このクルミのケーキのレシピは欲しいなぁ、と思い訊いたら、友人のお母さんが作ったとのこと。ガクッ(´・_・`)  
(笑)

ま、こんな感じでボチボチやっております。
(最近、なんでか忙しくて、パリ紀行が書けません・・・↑こんなことやってるからだろうが。。。汗)


パリ滞在3日目の午後は、パリから北へ約4kmの郊外にあるサン・ドニという町の大聖堂まで足を延ばしました。
この時期だけなのかどうかは知りませんが、パリの天気は一日の内に晴れたり曇ったり、ころころ変わります。きっと、付近には山や背の高い建物がないから、上空で風が吹くとどこからともなく雲が運ばれては去り、運ばれては去り、を繰り返すからなのかも知れません。

午前中シャンゼリゼ大通りからエトワール凱旋門まで歩いていた時には晴れていたのに(前回の日記)、
午後、サン・ドニに到着した頃には、こんなにどんより

この大聖堂には、歴代のフランス国王と王妃のほとんどが埋葬されています。
不気味な色の空が「いかにも!」という雰囲気をかもし出してくれています∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

右側にしかない鐘楼。もともとは左側(幕で覆われている側)にも同じ物があったそうです。

さて、町の名称にもなっている「サン・ドニ(聖ドニ、Saint Denis)」ですが、こんな逸話があります。
 ←聖(サン)・ドニはこんな人。あれ?顔の位置が・・・?

・パリで最初の司教
・3世紀半ばにモンマルトルで殉教
斬首されたがすぐに絶命せず、刎ねられた自分の首を持って、数km先まで歩き、ようやく力尽きて倒れた所に墓が造らた。
・やがてその場所に礼拝堂が建てられた。後にその礼拝堂が拡張されて、現在のバジリカ大聖堂の形になった。

「刎(は)ねられた自分の首を持って、数km歩く」に驚愕ーー

だからこそ聖人として伝説になったのか、それとも、伝説の聖人だからそんな逸話が生まれたのか、いずれにせよ、サン・ドニが自分の首を抱えて歩く姿を想像して少々気持ち悪くなってしまいました(ゴメンナサーイ)
上の写真は、「頭部をなくしたサン・ドニ」のイメージ像。

大聖堂の中は意外と広い。
パリ中心から簡単に来れるのに(メトロ利用)、観光客はほとんどいません。
 

王家の墓所がある教会の奥へは、側面にある入り口から入ります(有料)(お手洗い男女もありました)。パリ・ミュージアムパスがここでも利用できました

 

見事なステンドグラスの写真、4連投~




大聖堂の一番奥、祭壇のところ。
私がこの写真を撮ったこの立ち位置に椅子が並べられていて、自由に座ることが出来ます。神聖な場所の静寂に包まれて、暫くここで休憩してしまいました。 
大聖堂内には、歴代の国王と王妃の墓が、一目ではいくつあるのか分からないほどたくさんあります。
 
写真を撮ろうか迷いましたが、ブログで皆さまに報告したいと思い、短くお祈りをしてから撮影させてもらいました。(一応、撮影は許可されています。)
 
棺の上には、故人の生前の姿の彫像が。

クリプト(地下室)へ下りていきます。地下はヒンヤリしていて、何か居そうな気配がしました
 

クリプト内にある、ルイ16世とマリーアントワネットの墓、納骨所。ちょっと怖かったので、背景をぼかして撮影しました6つの棺が並んでいます。図解でも分かるように、中央に並列している2つの墓です。墓石の上には、ちゃんと二人の名前が刻まれていました。

クリプト内には、もう一つ衝撃的なものがありまして・・・・・
ルイ16世とマリーアントワネットの次男で、わずか10歳で死去してしまったルイ17世ミイラ化した心臓が、壁に埋め込まれたガラスケースの中で我々にも見えるかたちで納められていました。(さすがにそれは写真に撮るのを躊躇われました。)

ミイラ化した心臓がとても小さかったので、死亡した当時は一体何歳だったのだろうと気になり調べてみると、想像を絶するほど悲惨な人生だったことが分かりました。罪人(=ルイ16世とマリーアントワネット)の子供で王位継承者だったというだけで、凄まじい虐待、非人間的な扱い。可哀想すぎて心が痛みました。
もし興味がおありの方は、リンクを貼っておくのでご覧下さい。→ルイ17世Wikipedia



大聖堂内にある、ルイ16世とマリーアントワネットの像。

 似てる?
 似てるかしら??

処刑された二人の墓は、もともとはマドレーヌ寺院にあったそうです。
パリ紀行⑥で登場した、コレ↓
 

歴史的背景、どちらの視点から見るかによって、正義というものは変わると思います。この二人もまた、歴史に翻弄されたのでしょうね。
 
 
大人になってから歴史を勉強する時間なんて無いと思うんです。
だからこそ、せっかくこういうところを訪れる機会に恵まれたのだから、せめてその場で小冊子を読んだり、こうして後日にブログにまとめたりして、歴史を振り返ったりしています。
背後にあるストーリーを知っているのとそうでないのとでは、その場所を訪れる意義が全然違うと思うからです。
 




<つづく>









ルイ16世マリーアントワネットが処刑された、コンコルド広場(前回も登場しました)・・・の噴水。


水が出ている時はこんな感じ。
 


このコンコルド広場とエトワール凱旋門を一直線に結ぶのがシャンゼリゼ大通り
全長3km、幅70m!!長っっっ!!
 
大通りの両脇には並木道と公園が。歩いて歩いて~、ようやく公園が終わる頃に左手に見えた建物は、グラン・パレ国立ギャラリー。1900年のパリ万国博のメイン会場。鉄骨とガラス張りの丸い屋根が美しい。

凱旋門、見えてるのに、歩いても歩いても到着しない・・・。(´д`lll)  ひぃ~

なので、残りの500mほどを断念し(あともう少し、がガマンできず、一駅分だけ地下鉄に乗りました

地下鉄から地上に上がると、
 あっ、出口を間違えた

回って回って・・・・・


ホッ ようやく正面に。それにしても大きい!ここから凱旋門までは、道路を横切れません。地下道を通ります。パリでは階段を上ったり下りたりしてます。


凱旋門の真下に立って、 
 

見上げる。アーチの下にもちゃんと装飾が。凝ってるなぁ!
 

第一次世界大戦で戦死した、無名戦士の墓。第一次世界大戦中の身元不明戦死者のひとりが、戦死した150万人以上の兵士の代表としてここに葬られました。以後、祖国フランスのために命を捧げたすべての人の共通の記念碑となりました。
 
火が燃え続けています。




凱旋門の上に上るには、ミュージアム・パスが使えます。
螺旋階段を上って到着~。360度景色が見渡せます。

凱旋門を中心に、シャンゼリゼ大通りを含めて12本の通りが放射線状に延びていて、

真上から見たときに光り輝く星=エトワール(etoile)の様に見えることから、ここはエトワール広場、そしていわゆる「凱旋門」はエトワール凱旋門と呼ばれています。(その後、広場のみ、シャルルドゴール広場に改名)

モンパルナスタワーと、エッフェル塔。
 
凱旋門の上から見た、シャンゼリゼ大通り。緑の公園の先には・・・

ルーブル美術館が。通りの真ん中に、コンコルド広場のオリベスクが見えます(わかるかな?)。「シャンゼリゼ通り」は凱旋門からオリベスクまでを言いますが、その先もルーブルまで道が一直線に延びているのがわかります。
 

シャンゼリゼ大通りの正反対側には、またもや一直線の大通り。ラ・デファンス地区のグランダルシュ(写真中央の、門の形の高層ビル)まで延びています。ルーブルにあるカルーゼル凱旋門からコンコルド広場、シャンゼリゼ大通り、エトワール凱旋門を抜けてこのグランダルシュまで「パリの歴史軸」と呼び、なんと、8kmもあるんだそうです。
 
グランダルシュを拡大。まわりは、まだまだ建設ラッシュ?

「新凱旋門」と呼ばれたりもするようですが、カルーゼル凱旋門エトワール凱旋門の様に「戦勝を記念した門」ではないので、厳密な意味では凱旋門ではないのです。実際、フランス語の正式名称は「la Grande Arche de la Fraternité(友情の偉大な門)」であって、勝利の意味の「Triomphe」が付いていません。
 


モンマルトルもよく見えます。

エッフェル塔もよく見えます。
 
エッフェル塔の左には、パリ市内で一番高いビルモンパルナスタワー(パリの景観を損なうからと、かなり問題になった)と、黄金のクーポラが目印の、ナポレオンの墓があるアンヴァリッド(後日訪れます)


まだまだ見ていないものがたくさん!
パリは本当に大きい!!!
 



<つづく>

お話は、前回の日記の続きになります。

昨日の午前中に予約なしでベルガモ病院に行ってきた。
結局、義母だけでなく義父もついてきてくれることに(二人から申し出があったので。こんなことは前代未聞だったので少し驚きました)

朝9時に家を出ようと約束していたので、9時少し前にテラスを通って義両親の家に行くと、

出た マンマ・ダニエラがウキウキ しながら登場。
よそ行き用のスカート はいてるしーー ・・・・・やっぱりな。

レストランに行くんとちゃうで~。
でも、どんよりされるより、これくらい明るく来られた方がエエか。
それに、今までのあの人の行動から、これくらいのことは予測済やったから、ビックリでもないか。

今年新築移転したベルガモ病院。めちゃめちゃキレイでショッピングセンターみたい、とのうわさ。
 (←この画像はお借りしています。)
7つの病棟からなる(たぶん)
 
入口付近。
 
何気にこんな芸術作品もある。「Fukinagashi」というタイトルの、盆栽。
 
病院の中。予約課のHPで確認した、「緊急(皮膚科)の際は病棟6に直接出向くこと」の指示通り、TORRE 6目指して進む。

皮膚科のスタッフに尋ねると、予約課(CUPS)で「受付(Accettazione)」をしてくるように言われる。

それで、予約課(CUPS)に行く。番号札を取ろうと、該当のボタンを探すも、「受付(Accettazione)」ボタンが無い!
仕方がないので、とりあえず何でもいいからと、「予約(Prenotazione)」のボタンを押し、番号札を取った。
  

さて、我が家の名物マンマ、私と義父が待合室の椅子に腰かけると、

「ちょっとBARに行ってくる。ブリオッシュ(朝食用のクロワッサン)でも食べてくるわー

と、嬉々としてひとりで行ってしまった。
やっぱり当たりや!マンマ、ここが病院という意識ないやろーーー!!


番号札の順番を待っている私と義父、これであっているのか少々不安だったので、病棟6の皮膚科に戻り、 予約課(CUPS)では「受付」をしなければならないのか、「予約」をしなければならないのか、先程と同じスタッフに尋ねると、「受付(Accettazione)」という。
予約課の番号札の機械には「受付」ボタンがないことを説明すると、ボタンがないのは私の知ったこっちゃない、と言われる。さすがイタリア・・・・・ガクリ

それで、総合案内infoへ行き、同じことを尋ねる。すると、
「あ~、多分、土曜日は皮膚科の受付スタッフが不在だから、予約課(たぶん、平日は予約と支払い専用)で受付をしろってことじゃないかな~。」と親切にも助言頂けた。

ほな、皮膚科のスタッフ、最初から丁寧にそう説明してくれたらええやんか。おかげで行ったり来たりさせられたやん!
この要領の悪いところ、やっぱりイタリアや・・・・・。
 
それで、予約課(CUPS)順番を待つことになったのだが、自分の順番がきたのは、待つこと1時間半 

受付と先に支払いを済ませ、
あとは皮膚科の待合室で呼ばれるのを待つのみ。

またしても最初の病棟TORRE6に戻り、待った。マンマがようやく戻ってきた。
私の名前が呼ばれたのは、それから30分後。

イタリアにしては、これでもスムーズにいったと喜ぶべきなのか・・・・・?


診察室には40歳前後の女医さんがいた。きれいなひとだ。

私が事情を説明する。ベッドの上で患部を見せる。女医さんがそれを観察する。
彼女をもってしても何の症状かよく分からない・・・・・

じと~ 「ヘルペスの可能性はありますか?」

と、ホームドクターにしたの同じ質問をした。それはない、という回答。
女医さん: 「不思議なんだけど何の症状か検討がつかないから、経過をみて数日後にまた来てください」、と言われた。



実は、心当たりが一つだけある。

ホームドクター、イタリア人の50代の友人(私よりも人生経験アリ、を見込んで相談した)、母親(看護師)、妹①(看護師)、妹②(助産師)、日本で学校保健室の先生をしている友人、

以上の人に相談した時に報告したが、
「それが原因じゃあないやろ」、と全員が否定したことがある。
それは・・・、

火傷の痕の様なシミの症状が出現した前夜に、風呂に入った。
最近、酵素シロップなるものを作って飲んでいるのだが、(↓こういうもの・・・)
   

酵素シロップが出来た後に残る果物のカスを湯船に入れ酵素風呂を楽しんだ。
それだけでなく、香りを良くするためにレモン2個分の皮も湯船に浮かべた

湯船に浸かると、身体がピリピリした。

じと~ 「お!酵素パワー、効いてる、効いてるーー・・・・のかな??」
と思い、そのまま浸かること1時間~~~~~温泉 温泉 温泉 ピリピリしたまま。

この話をしたとたん、女医さんは「ニヤッ」と笑い、
「それだわ!」



実は、酵素パワーでも何でもなく、どうやらレモンの皮が私の皮膚に合わないらしいのだ!!

家に帰って色々調べたところ、

「柑橘系のミカンの皮やオレンジ、柚子の皮には油を落とす効果があり、肌に触れることで火傷のような症状を起こしてしまうことがある」  シンビ薬局堂さんのHPより)


ということが分かった。
女医さんが言うには、他にもローズマリーや、イチジクの葉など、皮膚に直接触れると火傷と同じ様な症状が出ることがあるらしい。(人によります)
おそらく、レモンの皮が足に当たっていたのだろう、とのこと。
我が家の湯船は浅く長いので、寝そべる形で湯に浸かる。

確かに!寝そべった足の下にレモンの皮が当たっていた気がする。いや、当たっていた!
間違いない!




・・・・・ということに話は落ち着きました。どうもお騒がせしましたm(_ _)m

身体の内部から来ているものではなさそうなので、取りあえず安心。
毎日塗り薬を塗って、1週間ほどで茶色くなり、次第に色が薄れていくはずだ、と女医さんは言う。良かった。

全て終わったのは11時半。まぁまぁスムーズにいった方か・・・?
せっかくだから、病院内をぐるっと一周して帰路につくことにした。

どこまでも続く長い廊下。
 
売店には、本・雑誌、子供服、おもちゃ、日用品、美容室、花屋など、結構なんでも揃う。
  
ベルガモの老舗、Mariannaが経営する、レストランとバール(マンマはおそらくここに来たんだと思う)
   
ブティック。(マンマ、ここで買い物しよったで、オイ。)
 
これが病院か、と思わせる構造。まるで空港のようだ。関空 を思い出した。
 
  

マンマの、今回の名目は嫁の診察についてくる、本当の目的は病院ツアー、

マンマ: 「あ~、楽しかったー
と仕事から帰ってきたオット に報告したそうです。

やっぱりね(笑)