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国宝を読みました。Audible版ですが凄く良かった。

この尾上菊之助さんのナレーションもセリフも口上も

どれをとっても素晴らしかった。感情的になりすぎて

おらず、また耳障りな音が一切なく完璧だと思った。

これを聴く為だけに1ヶ月だけAudibleに加入しても

損させないと言い切れるくらいの最高傑作だと思う。


ラストの解釈だけど、インターネットなどで皆さんの

意見を読んでみると主人公喜久雄は亡くなったと考え

意見が多かったようだった。



私の考えたラストは‥


事故後、喜久雄は昏睡状態になり生死を彷徨う中、

亡くなった師に会い“ある言葉”を告げられる。

それはどういう意味なのですか?と聞き返そうと

すると師の姿はなくそこで意識が戻る。

この師は半次郎にも万菊にも似ている不思議な人物で

祖先の歌舞伎の神様と呼ばれた人物なのか、または

象徴なのか姿がぼんやりとしていてそれも分からない

ままなのであった。

あの舞台はまさに我が人生の最高傑作、集大成とも

いえる阿古屋は絶頂だった。眩いライトを浴びたまま

人生の幕を閉じ、この先何百年も語り継がれる伝説級

の国宝になったかもしれない筈だった。やりきった。

それなのになぜ生きているのか?事故の後遺症で身体

に麻痺が残り舞台に立てなくなった現実を受け止めき

れず苦悩する喜久雄。しかしある日突然、その生死の

狭間で持ち帰った言葉こそがより高みへと繋げてゆく

ヒントだったのだと悟る。あらゆる事は全て一つの

ものに繋がっているとわかり目に映る世界の全てが

輝きだした。そうか、まだやることがあるのか、

だから生かされているのか。舞台の中で美しく散る

ことに拘っていたことなど、この大きな力の前では

些細なことではないか。ああ私はあんなにも焦がれた

“あの”存在からも、あの懐かしい恍惚からも解き放た

れてなんと自由なのだ。そうだ、“あの”過去があった

からこそだ。ただ命を生きる。こんなに晴々とした

気分潔くみっともなく生を満喫する、生を味わって

いいのだ。切った爪や髪、流した汗や血の一滴までも

芸に捧げこの身は誰かの用意した舞台などなくとも

この存在こそがそのものではないか。何を迷う事が

あろうか。未来に繋げてこそなのだ、この思いこそが

伝えるべき国の宝なのだ。

更なる高みの境地から命の時間の許す限り技術の全て

一豊の息子と綾乃の息子に伝えようと決意する

喜久雄。

数年後、その息子たちの舞台を観ながら、俊介との

初舞台をふと思い出し懐かしく目を細め、そのまま

静かに息絶える。老いてもなお気品と色香が漂うその

死に顔には菩薩のように柔らかな微笑みを浮かべて

いたのであった。


とかどうかなーと思いました。

死なないで欲しい一心で考えてみた💦

ちなみにまだ映画を観ていませんので、配信されたら

真っ先に視聴する予定です。

あのコンビでの映画『怒り』がなんだか微妙だったし

どうかなと思っておりましたが、国宝は評判が良かっ

たので是非楽しみに待とうと思います。



お読みくださりありがとうございましたニコニコ