長らく、ずっと書いてませんでした(汗)

前回と直接の関係がなくなってしまいますが、最近になって考えている事、うまく行かず悩んでいる所を書いてみようと思います。


『活動』と書いていますが、基本的に『自分がやる事』全てを指してます。

その規模が大きいか、小さいかだけの話です。

そこで、『カレーを食べる』という活動を例にとってみます。


1.【カレーが食べたい】

まずは、「何かを満たしたい」という欲求が必要になります。

ここに関しては、勝手に湧いてくるものなので、説明の必要はないですね。

ただ、少しだけ注意して欲しいのは、「何カレーが食べたいのか?」という所です。

今回は「カレーを食べる」というのが目標なので、何カレーを食べたって大きな問題はありませんが、これが夢ともなってくると「何カレーが食べたいのか」は、かなり重要になってきます。

とはいえ、ここを話すと長くなるので今回は割愛。

とりあえず『野菜カレー』が食べたいとしましょう。

「野菜カレーが食べたい!」


2.【どうやって食べよう?】

本当に先人たちには感謝しなくてはいけませんが、日本にはカレーを食べる方法がいくつもあります。

・自分で作る
・誰かに作ってもらう
・あるやつを食べる
・どっかに食べに行く

軽くあげても、こんなに選択肢があります。

でも、これはあくまで(日本基準で)現代的な生活が送れる環境がある事が前提。

近年の例をとれば、被災されたり、難民だったりすると、この選択肢も狭まってきます。

どうやって食べるかは、その後の行動に影響してきます。

ここでは『自分で作る』という選択をします。

「野菜カレーを自分で作って食べたい!」


3.【何をしたらいいだろう?】

カレーを食べるには、カレーそのものと食器が必要です。

食器はありますか?ルウはありますか?野菜はありますか?

カレーを作るだけなら、これくらい調べるのには1分もあれば十分でしょう。

今、「カレーを食べる」という活動の計画をしている所ですが、計画を立てる事によって、「食材が足りない」だとか「作り方が解らない」とかのトラブルを避ける事ができます。

計画というのは、必要な行動をリストアップして、それに必要な材料が揃える事ができるのかを見積もる段階です。


とりあえず、今回はここまで。

少し大げさな話になってきましたね。

カレーを食べるというだけでも、ここまで大げさになります。


ですが、カレーを作って食べるなんてそんな大ごとでもないのは、解りますよね?

しかし、それができないと嘆いてる人が(僕を含め)あまりに多いんです。

この矛盾は、「完璧にやろうとする気負い」から来ます。


完璧にやるに越したことはないんですが、残念?な事に完璧にやろうとすると、やることが死ぬまで増え続けるんえすね。

一杯のカレーを作って食べるのに一生を捧げられますか?

人によっては「捧げられる」という人もいるでしょうけど、完璧主義というのはそういうものです。


ここでは、物事をもっと広い視点で見ると気が楽になって、できる事が増えるのだという事に気づいてください。

結構、いや、かなり大事です。