母、膠原病内科へ。
紹介状有り、予約なしの飛び込みの為、実家に前乗りして今日の通院に備えてお泊まり。
お酒を飲んだ母の事をまだ許せないまま実家に来てしまい、すごくしんどかった。
行きの車の中では「いやだしんどい行きたくない」と夫に盛大に愚痴った。
「もうあかんってなったら何時でも迎えにくるから、頑張っておいで」と送り出してくれた。
アルコール依存症は断酒中に1回でも飲むともう歯止めが効かなくなるから、これは病気なのだと理解しなければいけないのはわかっている。
自分がお酒を飲んだら娘が困るとかすっ飛ばして、ただ飲みたい!という状態になるというのも、頭では理解している。
そうなれば2回目があって当然だったのに策が甘かった。
わたしは一緒に住んでない分、見えないところもあるし、1回目で取り上げたはずの財布がなぜあの日母の手元にあったのかは、わたしにはわからない。
母が「もう絶対お酒は買わない」と姉と約束でもしたのかもしれない。
経緯はどうあれ、飲んだという事実が重要。
でもこのまま母の事を許せないまま、受け入れられないままならばわたしはもう関わらないほうがいいのだろう。
そんな事を考えながら約6時間の長い長い待ち時間を母とふたり、ほぼ無言で過ごした。
母はわたしの顔色を伺っていたように思う。
どうしてもいつものように優しくできない。
笑顔を向けられない。
すごくすごくしんどかった。
今まで何を話していたかも忘れるくらい、イライラもしていたし、悲しくもなった。
お昼ご飯も病院内の豪華な食堂に行ったけれど、ただ黙々と食べた。
いつもやったら、おかずわけわけして食べてるんやろなぁと思ったら泣きたくなった。
そして母がどうしたいのかをはっきりさせないといけないと、このままは絶対にあかんと、診察と検査が終わり車に乗り込み、ふたりで缶コーヒーを飲みながら一息ついたところで話を切り出した。
わたしは自分の病気と、夫の交通裁判、夫の体調管理、そして1月の術後すぐにお母さんの入院生活が始まって、それからなんとかここまで頑張って頑張ってやってきたつもりやけど、お母さんがお酒を飲んでしまったのはがっかりした。本当にがっかりした。
飲みたいなら、好きなだけ飲めば良いよ。
ただ、お酒絡みで体調を崩したらわたしはもう面倒はみれない。もうしんどい。
生きたいと思うなら、アルコール依存症の病院にも断酒会にも連れていく。でも信用は出来ないから財布はもたせてあげられない。
娘に財布を管理されるのは屈辱かもしれへんけど、今はお酒が買える状況を作らない事が大事やと思う。と言いきった。
母は「ごめんね、情けないことをしたと思ってる」と言いながらちゃんと話を聞いてくれた。
どうする?どうしたい?と聞くと「生きたいから、アルコール依存症(初めて認めた)の病院に連れて行って欲しい。お財布もお母さんは持たない方がいいってわかる」と自分から言ってくれた。
うん。わかった。がんばろう。と返事をして、やっと母の顔をちゃんと見れた。にこっとできた。
お互いに話せてすっきりしたのか
帰りの車の中はいつも通りの母で
安心したのか嬉しそうだった。
そして母はやっぱり笑ってるほうがいいなぁ、可愛いなぁと思った。
晩ごはんをふたりで食べてたら母がニコニコしながら
「今日のお昼ご飯はちょっとさみしかったけど
夜ご飯は美味しい!嬉しいなぁ!ほら、おかず一緒に食べよう!あの食堂もまたいこうね!」と。
あぁ、この天然の人たらしめ!
わたしにこの素直さが少しでも遺伝されていればわたしの人生もう少し楽だっただろう。
正反対の性格の父と母だけれど、父も根暗なので母の明るさと素直さに惹かれたのかもしれないな。
今日は疲れたので早く寝たいのに、中々寝付けない。
でも良い1日だったと思う。
また母の我が儘にウンザリする日もきっとあるけれど、それはそれでうまく処理していこう。
ここで愚痴らせてもらったおかけで、前に進めました。ありがとうございます♡