前回blogに続き、
最近キャパオーバー気味です。
高3の受験生を複数人持っているため、
授業で使用する(HW分含む)過去問をひたすら解いています。
ただ、大学レベルも形式もバラバラのため、
事前に解くための時間の捻出が目下の課題です。
難易度の低い大学の場合、「なるようになれ!」
と授業で初見の問題をしたこともありますが、
連続授業後の脳疲労に加え、
プレッシャーも感じているため、
頭がブランクになることも少なくありません。
自分が解ける、ではなく生徒に解説する、
にはやはり行き当たりばったりは危険です。
本気で頭が稼働停止した時は、
「頭真っ白。逆に教えて。」
などお茶目(?)に言うこともありますが、
多用すると講師としての信用ガタ落ち必須です。
別講師は、「過去問命」とでも思っているのか、
自学力低めの生徒に大量の様々な大学の過去問を課しています。
その過去問が入った膨れ上がったファイルを苦笑いして見せる生徒。
「それ、ほんまに全部する必要ある?」
と思わずつっこんでしまいました。
ベテラン年配講師の昭和なやり方、正直賛同できません。
自分の課題を把握するためには大事かもしれないですが、
「こなす」が目的になっていては宝の無駄使いです。
とはいえ、私自身、同じ状況に陥っています。
過去問だけではなく、HWで大量に解いてくるワークの課題、
全て解いてます。
ただ、それって5人、6の生徒がフルでしてくる量を、
同じ期間で1人でこなしている状況と同じです。
生徒は、朝から晩まで教室で勉強してますが、
私は家庭と両立しながらのため、同じことをするには、
限界があります。
だから時々、自己崩壊してるのですが_| ̄|○ il||li
ちなみに、大量過去問の課題を課す講師は、
生徒に自己採点させ、全て見直している訳ではないらしいです。
生徒曰く曖昧になったままの箇所も結構あるそうですが、
本来はそういう箇所を自分で分析するのが一番効果的ですよね。
私は全てをやろうとし過ぎているのかもしれない...
TOEICもようやく申し込んで来月受験予定ですが、
移動中の電車で単語をなんとか見ているのみです。
もう一つの課題は、英語のイメージは分かるのに、
日本語が出てこない現象が最近特にひどいです。
京大志望の生徒もいるので(再来年受験ですが)
正確な和訳も必須です。
英検1級にあぐらをかいて、自己研鑽を怠っていたのかも、
と自分を責めて凹む日々ですが、
単に、やらなくてもいいことまでしてるのかもしれません。
この一連の大学受験が終わったら真剣に
自分の働き方について考えようと思っています。
ただ、今の目の前の課題に追われている現状では、
新しいことなんて始めれるわけありません。
人間は選択肢が多いほど、選択できなくなるらしいです。
自分がすべきこと、極限まで絞ってみること、大事です。
授業に関しては、どこでつまずくかわからない生徒のために
全方位から準備万端で臨むのではなく、
ここだけは押さえとかなきゃね、という箇所は絶対に落とさせない、
そう言う姿勢で取り組んだら、
私の準備時間も軽減できると思います。
今日は娘たちの衣替えをするので、
ついでに家の中も断捨離してスッキリさせてみます。
That's all today.
Have a good day:)