二十二、 

 

 

「男の一人住まいなんざ、こんなものさね」

 

 照れ笑いしながら招き入れられた家は九尺二間の裏長屋だった。

 

 しかし、部屋の隅に立てかけられた衝立に脱ぎっぱなしの着物が掛かっているのと、軒先に季節外れの風鈴がぶら下がっているほかは、こぎれいに片付いていた。

 

 霜月も半ば過ぎ、お由布は初めて幸吉の裏店にある住まいを訪ねた。

 

「いや、これでも今朝ざっと掃除をしたんだがな」

 

 慌てて着物を丸めて衝立の向こうに放り込むと、幸吉は明るい笑顔をお由布に向けた。

 

 季節外れの風鈴が、りんと軽やかな音を立てた。

 

「ご覧のとおり、四畳半一間きりの裏店暮らしだ。けど、一人くらい増えたってな、かえって賑やかになっていいってもんだ。隣なんざ親子六人……」

 

 照れ隠しからか、いつも以上に陽気に話し続ける幸吉の顔が、やがて涙で歪んで見えなくなった。

 

 

 家に戻る頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。

 

 珍しく清之助は先に帰っていた。

 

「あら、今日は珍しく早いお帰りで」

 

 精一杯の優しい笑顔で語りかえると、もの問いたげな清之助の視線とぶつかった。

 

「何か、顔に付いてまして」

 

 笑顔を崩すことなく尋ねる。

 

「いや、なに。今日はまた、随分と顔色も良いようだ」

 

 そして、大家や日野屋にも、上方へ一人で帰る旨を伝えてきたという。

 

 自分ひとりで勝手にそれらを済ませてきたとは、本当に清之助らしいやり方だと思った。

 

「なに、お前もその方が楽でいいだろう」

 

 清之助は、悪びれる様子もなく言った。

 

「ありがとうございます。おかげさまで、わたしも気持ちの整理がつきました。あなたこそ、上方へ戻られても、お元気で」

 

 夫の目を見つめてきっぱり言い切ると、清々しい気持ちで夕餉の支度に取りかかった。

 

 

 お由布は、これまでの自分の人生を顧みて思った。

 

 これまでは、ただ流されてきただけだったと。

 

 父の死。母の死。奉公。そして清之助との祝言。もの言えぬ生活。

 

 それはあたかも、降りかかる雨に傘をさしてしのぐだけで精いっぱいのような人生だった。

 

 けれど、これからは自分で考えて生きていこう。

 

 自分で考えて、そして自分で選んで生きていくのだと。

 

 雨が降ってきて濡れたって構うものか。それも、また人生だ。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

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