寺院の姿 | 三四郎の鞄

三四郎の鞄

金沢在住。
身のまわりにあったことをつうじて、金沢の今を紹介していきます。


  

近所を散歩して、改めて寺院の境内を歩いてみました。
 
大屋根を見ると、何んと豪華に金色を使っていました。
 

 
本堂の正面には、堂々と山号の掲額。
「お寺はもと山近くにあり、その山の名をもって呼ばれたのが、日本には禅宗と共に中国より山号の制が伝えられ、のち平地の寺院にも波及した」、と『広辞苑』にあります。
 
額の周辺の木組みも、じっくり見ると華麗です。
 
 
英前の高層ビルをバックに、年季の入った松の大木。
ビルが立ち並ぶ以前、街中で高く目立ったのはお寺の大屋根だったのです。
「お寺の建築学」が、頭をかすめました。
 
この寺院は、金沢駅近くの浄土真宗の専光寺。加賀の千代女の灰塚があります。
一向一揆の時代からの大寺。
もとは郡部にあったのを、加賀藩が監視するため城下に移転させたと聞いたことがあります。