悲劇のヒーローになるのは簡単です。周りの人の同情を引けばいいだけです。僕なんかは、周りの人から同情を引ける失敗をしていますので、その話をしただけで「大変ですね」「かわいそうですね」と同情されること請け合いです(笑)
なぜ同情されたいのか。こんなに大変な思いをしているから、すごいでしょ!と言いたいのでしょうね。僕の置かれている環境は、結構すごいからこんなことになっちゃうんだと、自分自身で納得したいけど、周りの人が同情してくれた方が、余計に納得しやすいからでしょうね。
けど、同情する人から見たらどうでしょうか。所詮他人事。ぶっちゃけどうでもいいこと。人の不幸は蜜の味だから、そりゃ顔には出さないけど、内心「うっしっし」と笑っているんでしょう。
同情されるような振る舞いはしたくない。
今まで生きている中で、すべての選択肢は僕自身が決めている。自己責任。例え不意に降りかかってきた不幸なことでも、そこに行ったのは自分の選択。
それを思えれば、同情なんてされたくない。いや、同情されるようなことにはならない。良き応援者になってくれるはずである。
悲劇のヒーローはなりやすいが、幸運のヒーローにはなりにくいのか。
事象・出来事に振り回されちゃいけないよ。振り回す方じゃなきゃ。
女々しく生きちゃいけないよ。漢(おとこ)らしく生きなきゃね。