「You've Got a Friend」
そう、キャロル・キングの名曲だ。
ミュージカル「Beautiful」を観た。
キャロル・キングの物語を彼女の曲や、当時のヒット曲を散りばめた、Liveのようなミュージカル。
カーテンコールは、思わず立ち上がって、手を高く上げて拍手していた。
声こそ出さないが、まさにLiveのように。
劇中、胸を締め付けるような切なさが込み上げてきた。
日々の生活の中で、すっかり忘れていたある人のことを思い出したから。
いや、忘れていたわけではない。
心の奥深くに押し込んだからこそ、ふとした瞬間に込み上げてきたのかもしれない。
その人は、職場の同僚だった。
私は役所や団体を渡り歩く、正に非正規雇用の仕事を続けていた。
その人に出会ったのも、そんな職場のどこかだった。
私が30歳になる少し前だったと思う。
その人は女性なので、彼女と呼ぶことにする。
確か、半年程度の短い期間で採用されたが、頭が良く、仕事も早かった。
少しずつ、仕事以外の話もするようになり、彼女が実は大学の後輩である事がわかった。
私はその頃、ミュージカルに夢中で、ダンスや音楽の話をしていたんだと思う。
彼女はお喋りな方ではなかったが、自分も音楽をやっていると教えてくれた。
仕事は生活のためで、本当は音楽で食べていきたい、そんなことも話してくれたと思う。
仕事は生活のため、本当は好きなことで生きていきたい!と思っていた私は、
彼女にとても惹かれた。
私に心を開いてくれたのか、これまでの色んな事を話してくれた。
結構、深い話も。
彼女はとても素敵で格好良かった。
目は大きく、優しげで、何処か憂いを帯びた雰囲気があった。
長い髪の毛は茶色でウェーブがかかっていて、彼女によく似合っていた。
ある時、彼女が私をカフェでのLiveに招待してくれた。
私は初めての経験にドキドキしながら、聴きに行った記憶がある。
少し暗めのカフェの一角に設けられたステージの真ん中で、
高い椅子に軽く腰掛けた彼女の姿は、めちゃくちゃ格好良かった。
硬い職場には着て来られないだろう、カーキ色の緩めのパンツの裾ををマーティンのブーツの中に入れ、
ラフな感じの彼女の姿は、職場で見るより、ずっと彼女らしくて、本当の彼女を見られたような気がして、何だか嬉しかった。
何曲か歌ってくれたが、当時、洋楽に疎かった私は、1曲しか覚えていない。
シンディ・ローパーの「Time after time」だけ。
彼女の声は、話す時と違い、少しハスキーがかって、でも透明で、
うまく言えないけど、とても魅力的な声だった。
あっという間に、彼女のファンになってしまった。
それから、お互いにその職場を辞めて、何故か会うことも無くなったが、
人伝に、彼女が東京に行って、CDデビューしたことを聞いた。
益々、彼女は私にとって憧れの存在となった。
それから、何年経った頃だろう。
私は共通の知人から、彼女が亡くなっていたことを聞かされた。
自ら命を絶ったらしい。
ショックだった。
東京にいて活躍しているとばかり思っていたが、
彼女は札幌に帰ってきて、そうして亡くなったらしい。
彼女に何があったのか?
今は知る由もない。
いつだったか、洋楽好きの知人から、キャロル・キングの『タペストリー』を教えてもらい、CDを聴いた。
ジャケットの写真、キャロルの声、何もかもが彼女を思い出させた。
「彼女はこんな風になりたかったのかな?」
確か、彼女は詩を書いたり、曲も作ったりしていたような気がする。
聴いたことはなかったけれど。
舞台の上のキャロルが「You've Got a Friend」を歌った時、心の奥深くに閉じ込めた彼女の姿が重なった。
ウェーブのかかった髪、少しハスキーに聴こえる声。
夫と別れ、友と離れ、新しい道を歩み出そうとするキャロル。
私は彼女の友達だったのか?
ただの知り合いだったのか?
もっと彼女の事を深く理解していたら、連絡を取り続けられる存在でいたなら、
私は彼女の抱えた苦しさの、そのほんの少しでも、共有する事が出来たとしたら。
彼女は今も、あの素敵な声で歌っていたのだろうか?
もう二度と聴くことができない、あの素敵な声で。
彼女の「You've Got a Friend」を聴きたい。
それが叶わないのなら、私が歌ってもいいですか?
あなたのことを思いながら。