母親の呪縛
母親の呪縛、という言葉をしっかりと体験した今日この頃。母からの言葉、それに便乗した娘からの言葉にダブルパンチを食らった今日この頃。私の何気ない一言を「おしつけがましい」と言われ、私の発言をそう捉えたのはあんたがひねくれてるからじゃねえか、と思ってむかついたけど結局、私がいつまで立っても母親に認められたくて愛してほしくて母親が喜ぶことをずっと考えていて、母親がほめてくれるように行動の選択をして、ことばも選んで生きてきた。それはほんとに無意識で。やっと気付いた。目覚めた。母親は、私に嫉妬してむかついて「おしつけがましい」と捉えた。上等じゃねえか。もう私はあんたの言うことをほいほい聞く娘じゃねえ。ひとりの女として、大人の女として、「私」を生きてやるよ。つまり、「私」を生きるということは、母親の真反対の選択をするということ。正直そんなことできるかわからない。けど、私は私を生きる。自分で自分を幸せにするって決めたから。母親の存在を、心の中から抹消する。それくらいの勢いがないと私にはやっていけないとわかってるから。私の心に、体に、脳みそにへばりついている母親を抹殺。いづれは必ず感謝するときがくるとわかりきっているから、今はもう消すしかない。今までありがとう。もう消えてください。私の目の前から去ってください。私は幸せになりたいだけです。私の幸せのかたちはあなたたちにはわかるわけない。私にしかわからないから。私はもう幸せになっていいんです。幸せになっていいんだよ。幸せになることの恐れを手放そう。もう怖くない。本当の自由を手に入れよう。