③木版画


今日から3回に分けて、夢二の木版画についてお話してみたいと思います。


(一)機械刷り木版


夢二の残した木版画は大別すると次の2種類になります。その一つは機械で刷られたもので、もう一つは手摺りのものです。一つ目の機械刷り木版は、手彫りの木版を用い機械で刷った草画(稿を改めて詳しく説明します)や挿絵や口絵などのことですが、それも更に二つに分かれます。まず一つは下図の如く書物の中に大体墨一色で本文と一緒に刷られたもの(共刷)です。明治38年に中学世界で一席に入選した「筒井筒」をはじめ雑誌に載った絵や、明治42年の「夢二画集 春の巻」など大正期までに出版された画集や、雑誌の挿絵などがそれにあたります。


挿絵
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     「筒井筒」      「夢二画集 春の巻」 「夢二画集 野に山に」


もう一つは「婦人グラフ」に代表される別刷り機械彩色木版(こいしかわ通信第34号の土井氏によると、彫師によって実際に彫られた木版を機械にセットし、油性インクに代えて水性絵具を使用した木版彩色刷り)です。「婦人グラフ」のこの種の木版は表紙が10枚、挿絵が17枚、口絵が5枚あります。その他に中山晋平の楽譜やセノオ新小唄などもほとんど機械刷り木版と思われます。


婦人グラフ
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表紙原画                 表紙木版


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      表紙               口絵         挿絵



楽譜
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中山晋平楽譜     中山晋平限定版     セノオ新小唄



②「一」に象徴される夢二芸術


鎌倉で行なった講演についてもう少し触れさせていただくことお許し下さい。その時に黒板を出してもらいました。そしてその黒板にたった一つの文字を書きました。その文字は「一」という文字でした。なぜ「一」という文字をたった一つしか書かなかったかというと、夢二の芸術はこの「一」に象徴される芸術であったからです。その「一」は一番の一でなくて、たった一つのものという意味の「一」です。


そのことを証明する資料としてもう一度人形のポスターをここで出させていただきます。このポスターは昨日もお目にかけましたが、これは昭和5年、つまり夢二が亡くなる4年前に発表したもので、夢二芸術の締めくくりであり、総まとめであったかもしれませんし、あるいはこれからを目指す意味も含まれていたかもしれません。


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ここでこのポスターを丁寧にもう一度見てみましょう。人形の周りに書かれた薄い小さな文字がとても印象的です。その文字は横に書いたり縦にかいたり、薄く書かれているところに深く意味があるように思えるのです。


まず、人形の頭の部分には文字を寝せて左から右に「色彩・線條」とあります。それは夢二が色と線に非常にこだわったということだと思います。

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次に、人形の向って左側に「交響」を縦に書いて、「立体・平面・時間」と寝せて下図のごとく縦に書いている、これは芸術を平面的でなく、時間と空間で立体的にとらえる、試みであったと思われます。そしてあたかも音が聞こえるように表現したいという思いがそこに加わっていたようです。


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さらに、人形の右側には「古代・近代・未来を超ゆるもの」とありますが、これこそ夢二が一番力を入れた目標だったと思えるのです。つまりそれは古代にも無く、近代にも無く、未来にもないたった「一つのもの」を目指したのでしょう。それを「古代・近代・未来を超ゆるもの」というように表現したのだと思います。

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最後に、人形の下に「詩」という文字があります。まさに夢二の目指した芸術は詩的であり、ロマンがあり、夢があり、憧れがあるのだと宣言したかったのでしょう。「詩」という文字がそれを如実にしているではありませんか。

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ですから、夢二の芸術は「一」そのものであり、たった一つのものであったと確信できるのです。鎌倉ではそのことを主題として夢二の芸術を話させていただきました。


さて、今日は版画のことについてのお話するはずでしたが、そのことは明日に譲ることにしましょう。


去年から決まっていたことですが、1月24日「鎌倉の深沢学習センター3階ホール」において講演をさせていただきました。演題は「美の天才 竹久夢二のすべて」でした。全く無名な私の講演に98名もの方がご参加してくださり、本当にありがたく思っております。鎌倉市生涯学習推進委員会、深沢学習センターの担当者の方はさぞ人集めにご苦労されたと思います。特に、代表の渡邉様はじめ10名の方に深く感謝しております。


鎌倉以外の方で、神奈川区のH様、磯子区のM様、横浜のK様方にご参加いただいたこと心から嬉しく思っております。実は昨年も1月21日に鎌倉で松沢様のお世話で講演させていただいたのがきっかけで、今回の二度目を行なわせていただきました。この場を借りて関係者の皆様に心から感謝いたします。


さて年初にお約束しました「夢二芸術 その違いと影響」を今日から始めさせて頂きます。竹久夢二の残した芸術は幅広く、それに長年接していると、色々なことがだんだんと見えてきます。私の師、長田先生は70年間も夢二のことを研究しておられたのですが、「まだまだです」と晩年しみじみと言っておられました。夢二のような偉大な人物は皆そうなのかもしれません。底が深く幅が広いからですね。


さてこの度、鎌倉の講演をさせていただいたことで、夢二について新しく気づいたことがたくさんありました。その中からいくつか選んで、日を追ってお話をしてみたいと思います。本日は夢二の人形についてお話します。創作人形の世界で夢二の果たした功績は想像以上に大きかったことが分かりました。


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夢二の創作人形(岡山郷土美術館蔵)

まずは我が国ではじめての人形の展覧会を開いたことです。昭和5年2月、銀座の資生堂で(下図の通り)それは行なわれました。


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このことはよく知られていたことですが、今回特に気がついたことは、その時夢二が製作した人形が今までと全く違った画期的な人形であったということです。私は何年か前、旅行中、偶然あるところで、日本人形の歴史展を見ました。そこに江戸時代から現在に至るまでの人形が数多く展示されておりましたが、夢二の人形も5点出展されていました。そこで感じたことなのですが、正直言って日本の長い人形の歴史の中で夢二の「どんたく人形」のようなものは皆無で、なんといっても夢二の人形は群を抜いて光っていたのです。それがなぜだったか今、分かったような気がします。夢二は人形の世界にも新しい息吹を吹き込んだ偉大な人だったのです。


どこがそうかというと、その1つは材料です。木の棒、新聞紙、奉書、糸くず、毛糸、釘、針金、古い布、絵の具など身近にあるものであったということです。


その2に腕や足など自在に形をつけられる針金を使ったその着想、まったく独創的な考えでした。


その3は、細かい写実をせずに、大まかにその本質をとらえて表現したことにありました。その結果今までとまったく違った人形を創作しました。そして人形を芸術の域にまで高めることに成功したのです。


ところで従来の人形は、古くは「ひとかた」といわれ宗教的な行事に用いられました。中世以降は観賞用、愛玩用として発達したのですが、どこまでも人形は人の形を模して作られたもので、生命を吹き込むことは出来なかったのですが、夢二はそこに生き生きとした命を吹き込んだ人形を作り上げたのです。今まで作られた人形のまねをせず、過去も現在も未来も同じもののない独創的な人形を目指したのでした。その結果今までの概念を覆した人形ができたわけです。


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人形という言葉のいわんとする意味をイブセンの「人形の家」という有名な戯曲からうかがい知ることが出来るのですが、この戯曲の主人公ノラは銀行家の夫から単に人形のように愛玩されていたことを知り、一個の独立した人間として生きるべく家出をした、というお話です。これは女性解放問題を提起した近代社会劇ですが、夢二の人形もまさに従来の古い人形を解放し、新しい人形を作り、それを芸術の域にまで高めた仕事は高く評価されると思います。


夢二の残した「どんたく人形の作り方」という軸物があります。それを読んでみると、その中に次のようなことが書かれています。


「針金のままでさえ彼女は充分生き生きする」「さかしらな写実は人形を殺す」最後に「ああ彼女は動き出したいと申します」と書かれています。


ここで注目していただきたいことは夢二の目指した人形は生きている人形であったということです。そのために対象物を丹念に写実するのではなくて、その持っている本質をとらえて大雑把に表現することによって、むしろ写実に重点を置いたよりも生き生きとした表現ができるということを強調しています。だから人形は人が外から手を加えなくても人形自身が動き出したいと言っているように、まさに生きているような人形を作り出したのです。


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夢二の創作人形(個人蔵)



夢二の人形作りに参画してその指導を受けた人の中に堀柳女という人がいました。後にその人は人間国宝にまでなりました。堀柳女は昭和8年に「日本人形研究会」を旗揚げし、昭和11年に帝展に初めて人形が取り上げられることになります。世界中で人形を芸術品ととらえて展示している国は日本だけです。こうした功績は夢二に負うところが非常に大きかったといえるでしょう。


次回は版画についてお話します。







今年はちょっと視点を変えて竹久夢二の幅広い仕事


①詩

②デザイン

③装丁

④ポスター

⑤人形

⑥絵はがき

⑦ペン画

⑧パステル

⑨水彩画

⑩雑誌

⑪子供絵

⑫千代紙

⑬楽譜

⑭浮世絵

⑮芸術運動


の中から何点かを選んでその違いと、美術界に送った新風について話を進めてみたいと思います。


館長 木暮 享

明けましておめでとうございます。

皆様、輝かしい新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。


今年も1年、どうぞ宜しくお願い致します。


皆様にとって良い年になりますよう、お祈り申し上げております。


館長 木暮 享