皆様、この一年間館長のブログをお読みいただき誠にありがとうございました。今年も残りわずかとなりました、どうぞ良いお年をお迎え下さい。


来年も新しい企画でブログを更新していきたいと思いますので宜しくお願いいたします。


館長 木暮 享

ただ今記念館は紅葉真っ盛りです。


黒船館の庭


義山楼の庭


音のテーマ館の庭


今月末頃、紅葉は終盤ですが、記念館の庭園はとても美しい木々が見られます。

また大好評を頂いた企画展「美の天才 竹久夢二のすべて」の第3期もいよいよ今月で終わりです。

この機会にぜひ、竹久夢二伊香保記念館へ足をお運び下さい。

心よりお待ち申し上げております。


さて、12月に入りますと「美の天才 竹久夢二のすべて」第4期が開催となります。

12月1日~12月29日にかけ、楽譜や著書を中心に展示を行なう予定です。もちろんそれ以外にも美人画やデザイン画などすべての分野も展示しております。

こちらもぜひご覧下さい。

今日は俳人・復本一郎氏が夢二の句から選んだものをご紹介いたします。


1.三年振(みとせぶり)手のない乳に抱かれて寐(ね)

(M40.2.2 平民新聞)


2.春の夜やしなびた戀を聴かせられ

(M40.2.17 平民新聞)


3.母となりし人の懺悔や桃月夜

(M40.2.20 平民新聞)


4.春や昔すみれたんぽゝ鬼ごッこ

(M40.3.2 平民新聞)


5.演習が來ては菫を踏むでゆき

(M40.3.5 平民新聞)


6.友をもたば靑竹割つた男こそ

(M40.3.13 平民新聞)


7.哀れさは『かしま』と細き女文字

(M40.3.26 平民新聞)


8.人妻となりける君におぼろ月

(M40.2.26 平民新聞)


以上の8句はいずれも「平民新聞」に掲載されたものです。「平民新聞」は平民社によって発行されたもので、1903年11月から1905年1月にかけ第64号まで発刊されました。夢二は荒畑寒村の紹介で平民社の雑誌や新聞に挿絵を掲載するようになり、「平民新聞」に句も発表していました。


9.鬼灯や指うつくしきかゝり人(うど)

(S3後半)


10.淡雪や簪(かざし)を質に入れゆく

(S4.4)


11.二十五の指のしめりや夕さくら

(S4.4.23)


12.白菊や素顔でものは言ひにくし

(S5.8)


13.病院の廊下長しやさえかへる

(S9.2.12)






夢二は絵に俳句を添え、俳句に絵を添えた芸術家でもありました。その両者がよく調和して絵を生かし、俳句を生かしています。数多くの絵の中からそうした作品をご紹介いたします。


「運命を占ふむすめ」大正後期
こすもすや人も柱によりかかる

「紅梅や」大正後期
紅梅や東山から炭かつく

「あし音を」昭和初期
あし音をまつ明暮や萩の花

「かんざしに」昭和初期
かんさしに立つ名もあれや春芝居

「時雨るゝや」大正後期

時雨るゝや眉引きなほす大徳寺

私が多彩な芸術家竹久夢二に深い関心を持つようになった一つの動機は夢二の俳句でした。最初に目にしたのは、夢二が昭和四年に伊香保の芸者さんのために描いた帯地の絵に賛として添えられたもので、「春寒し恋は心の片隅に」と見事な筆致で書かれていました。正直なところ俳句などまったく分からない私にとって、何故かこの句には強烈な感動を覚えました。今でも、この句を読むとその時の思いが胸に込み上げてきます。それから、私に夢二の心が少しずつ見えてきたのです。



帯地・松竹梅の図 昭和4年


その次に「鶯や朝陽にかざす指の反り」という、まるで夢二の絵を見るような、あでやかな句が私の心を捉えました。夢二は詩で絵を描き、絵で詩を歌った芸術家ということが、この俳句を知って本当にそうだと思いました。そしてそれから夢二が一層好きになったのです。


事象を深く観察し、そこから受けた感動を文字で表現する俳句は夢二の絵に輝きを加え、また一方画家だから詠むことの出来た俳句も随分あったと思います。


ところで、私は平成6年に長田幹雄先生のご指導を頂きながら1250余句をまためた「夢二句集」を出版いたしました。その句集に載せた夢二の画帖「あけくれ」をご紹介いたします。




足音をまつ明暮や萩の花





鳥渡る尖りし山をくれ残し





黒牛のぬれた気もなし北しぐれ



据風呂をぬく音遠しよるの梅





汽車はいま上野をいづる青嵐





若竹や黒ちりめんのおもたさに





新墾の赤土あかし桐の花