ユメフダ -11ページ目

ユメフダ

たまたまタロットが得意な私の日常をつづりました。

今日のお昼休みは、たまたま一人になりました。

これはチャーンスと思い、席でアカシックリーディングに

挑戦してみることに。


でも、いつ電話がかかってくるかという緊張、

それからしばらくして隣の部屋からお昼ご飯を食べてる

男性たちの会話と笑い声が漏れ聞こえ、

なかなか集中ができません。


これは無理かな…と思ったのですが、

そのままずっとその状態にいると、

そのうちだんだんいい感じになってきました。

温かい、たゆたうような感覚。

これでいい、と思える感覚。

隣からの声は相変わらず聞こえるけれど、

あまり気にならなくなりました。


で、まあ、今日もやってみたわけですが、

最初は何も浮かばなかったのが、

途中からあちこちに情報が浮かぶような状態で

それらが気まぐれで継続しなくて…

なんか荒れてる感じでした(笑)

メッセージらしきものは受け取ったは受け取ったけど、

自分的には…うーん信頼度25%くらいかな。


これをメッセージととらえ過ぎないように、

かといって違うと切り捨てないように、

25%という感覚で受け取ろうと思います。

少なくとも、私がそう感じているということには本当なので。


もうアカシックリーディングを自分の思うものに

作り変えたくないんです。

こうであってほしい、という気持ちは手放して、

冷静な姿勢で取り組んでいきたい。

できたような気がする…を「できた」にしたくない。

ゆっくりでもいいから、きちんと進歩していきたい。

自分の踏み外しポイントがわかってきたので

かなり慎重になっている私です (; ^ω^)


それから、やっぱ会社でするのはやめようっと(笑)

一人の静かな時間、引き寄せるぞ~ (*´∀`*)9


ペタしてね

マヤさんのセミナーでワークがうまくいってから、

ずっとやりたいことがありました。

それは、アカシックレコードリーディング!


私はずっとアカシックリーディングに憧れていて、

それがおかしいということにずっと気付かず、

でも数年かけてやっと気付いて、

この前マヤさんに答えをいただくところまできました。

で、アカシックリーディングができなかった理由がわかりました。


ただ、それは頭での理解、という段階です。

本当に私の魂はわかったのか?

今の私だったらできるのかな?

勘違いでなく、本当のアカシックリーディング。

マヤさんのセミナーでのワークの体感が残っているうちに

ぜひ試してみたいと思っていました。


これをやるためには、15分くらい静かな場所で一人になれる

時間があればいつでもできる、と思っていたのですが、

15分一人になる時間が…ない!!

会社には人がいるし、家に帰れば子どもがいる。

夜は疲れて一緒に寝ちゃうし、朝はお弁当でバタバタだし。

5月は子どもの熱で5日も有給をとってしまいましたが、

それでも子どもは私がいると寝ず(笑)その15分は訪れませんでした。


でも、この休みにようやく、そのタイミングが訪れたのです。

下の子昼寝、上の子テレビ鑑賞、(パパ仕事、)

上の子が時間をくれたので、やったーーー!ってことで、

アカシックリーディングに挑戦したのでした。


ただ、上記のような理由で「これがワンチャンス!」みたいな

意気込みが強くて(笑)最初はなかなかリラックス

できませんでした。

深呼吸してもしても雑念がわいてきて、

たまに上の子が「テレビおもしろい」とか報告にくるし(笑)

でもそんな中、ようやく心落ち着く感じがきて、

質問をしてみたのでした。


「私が私の魂を表現して生きていくための一歩」


すごくたくさんの情報がきました。

でも、それが自分の想像から派生しただろうと思われるものもあり、

これは想像?リーディング?という疑問も

なかなか振り払うことができず、

セミナーの時ほどはスムーズじゃありませんでした。

ここでだいぶ時間がたったと思います。


そのうち、気になるビジョンが出てきました。

6本の鉛筆が3本×2列に並んでいて、

先がとがっているものと、折れているものなどいろいろでした。

その意味が全くわかりませんでした。

正直、時間が経ちすぎて自分の質問も忘れていました。


「この鉛筆は何を意味している?」


と聞いてみたところ、


「書くということ」


という意味が思い出すような感じでわかり、

あ、そりゃそうだよね~と思いました。


ここから先は、テレビが終わったと報告にきた

上の子とともに終了しました(笑)


普通に考えれば、文章を書くのが好きな私、

特に最近書くことで何かできないかと考えてる私が

「魂の表現方法」と聞いて鉛筆が出てきたら

すぐに書くことと結び付けていいと思うんですが、

それがまったくわからず、質問してわかったというのが、

逆に自分の中で信憑性を増しています。

それは、先入観のない状態で情報を得たという

証じゃないかなと思うからです。


こうやって、自分の意図しないところで

答えがきたり映像が変わったりすることで、

今のところ私は想像かそうじゃないかを区別しています。

そういう意味では、今回の収穫は6本の鉛筆でした。

ちなみに終わったら一時間経っていました。


ここから先は、また静かな15分が訪れたら

やってみたいと思います。

できれば、何度も挑戦して、

アカシックレコードとコミュニケーションをとるということを

やってみたいな~と思っています。


最期に自分に喝!

ここで、変な特別意識を持たないように注意!私!

(これが私のアカシックリーディングを妨げる一番の原因です。笑)

そういう意味ではブログに書かない方がいいんじゃないかとも

思うのですが…書くといろいろ見えてくる感情もあるので

とりあえずしばらくは記録してみます。

うーんいろいろ修行だわ (; ^ω^)


ペタしてね


旦那さんがなんだかイキイキとしてきて…

今までと違うなって感じています。

行動は今までとあまり変わらないのですが、

何かを判断するときに

これは魂が求めているか、というのを

判断基準にしているようです。

なので、何かの行動を起こした後の

自信のありよう、逆の場合は、軌道修正とか思い直し。

それらがとても明確で、

何が「自分にとって」正しくて、「自分にとって」誤りか、

常にチェックが働いているような感じがしています。

迷いがなくなった感じ、とも言えます。


本人も自覚はしているようで

「起承転結の結にきてると思う」

と言ってました。

これは旦那さんの内側の話で、

外側にそれが反映されてくるタイミングは

もう少しあとかもしれませんが、

遅かれ早かれ行きたい場所に行くだろうと

私も感じています。

旦那さんの態度や話しぶりからそう感じるというのも

ありますが、一番は、何か私の深いところが

それを知っているという感じです。

そして、「ついにきたね」という感覚も…


なにがきたのかというと、

「私が私と向き合う時間」です。

私はここ半年、とにかく大変そうな旦那さんが

少しでも楽にならないかといろいろ考えてきました。

いい情報を教えたり、本を勧めたり、意見してみたり、見守ったり、

旦那さんの依頼でタロットも何度かひいたし、

答えを一緒に探したい思いでいました。


で、ここにきて、旦那さんが答えを見つけたようだと

思った時に、自分の中に焦りの感覚を発見しました。

例えれば、子どもが大きくなって家を出ていったような、

支えてきた人が大成したような、そんな感じ。

私のサポートはもういらないだろうと感じるさみしさ。

何だか上から目線な自分にもちょっとあーあって感じで、

いよいよ、旦那さんじゃなくて私だよってことになってきたのです。


思えば、本で何か役に立つ知識があったときに、

自分よりも先に旦那さんに当てはめて読む癖が私にはありました。

自分のことはわかりにくいというのもあるのですが、

旦那さんがこうしたらいい、とか、こうすればいいのに、とか、

その気付きを自分に直接取り入れる前に

旦那さんに当てはめてしまう癖があり、

あるとき、これは順番がおかしいでしょ、と思いました。

それからは、そういうことを意識的に減らしていましたが、

それでもそういう部分は残っていました。

自分ではなく、ほかの人に気付きを転嫁していくことで、

自分が本当の気付きにまでたどり着かなかったことも、

正直多いと思います。


旦那さんは、私が本を読んで旦那さんに気付きを…なんて

思っている間に、一人でこつこつと内側に向き合ってきたのでしょう。

(だって私は一度も旦那さんからああしたほうがいいとか言われていない)


私は私でいつのまにか、旦那さんを助けるための活動が、

自分の拠り所(私は必要とされてる感)になっていたのだと思います。


旦那さんには、もう何も言わなくても大丈夫。

(てか、もともと大丈夫なんですけどね (; ^ω^))

そう思い始めて、私がサポートしてる感覚が

なくなりだしてから、おもしろいことに、

旦那さんの方から「いい本や情報があったら教えてほしい」と

言われるようになりました。

今までは、こちらから押し付けることはあっても

旦那さんから求められることはなかったのに…。

これからようやく、需要と供給のバランスが

成り立つのかもしれません。


さ、私はどうする。私はどうしたい??

これから自分に向き合っていくことに焦りつつ、

でも魂はワクワクしている私です (o^ω^o)


ペタしてね

私は目が悪い(0.1くらい)のですが、

裸眼で過ごしています。

生活に特に支障はないので、

このままいるのですが、

子どもに「これ見て~」と言われると

近づかないと見えないことがあり、

昨日息子に「ママはなんでそんなに見えないの?」と

聞かれました。

「うーん、暗い所で本を読んだり、寝転んでテレビを

見たりしたからかなぁ」

と答えたのですが、すると息子が、

「じゃあ…ぼくがママに見えないこと教える係になるね (*´∀`*)」

と言ったのです。

そのときに、なんかすごくハッとしました。

「暗い所で読むなんてだめだね」みたいなことを

言われるかと思ってたからです。


目が見えにくいということを、そうなった過程も含めて

いいとも悪いとも判断せず、

というかおそらくそんなことを考えもせず、

ただひらすら「ママが求めていること」に焦点をしぼり

提案してくれた息子。

息子が私を丸ごと受け入れてくれている感じ。

逆に、目が悪い=だめな(ことをしてきた)私 とジャッジしている自分が

浮かび上がりました。


息子とのこういうやりとりは結構あるんです。

私が困っていると、困っていること自体やその原因のジャッジをせず

じゃあどうしたらいいか、という点をすぐ考えるのです。

おそらく私がこれまでしてきた選択を信頼してくれているのでしょう。

それをされた方(私)は、すごい幸福感です。

息子のこういう面をみるたびに、尊敬の念がわいてきます。

私もこういうふうに、人を幸せな気持ちにしてあげたいな (*´∀`*)

息子ちゃん、本当にいつもありがとう!


ペタしてね

旦那さんが昨日、私にあるアイデアを伝えてくれました。

それは、今後やっていこうと思っていることについてです。

今までそういう話はたくさん聞いてきたのですが、

今回は「これだ!!」っていう気がしました。


ぜひやっていってほしい。

きっとそれは間違いない。

旦那さんの魂がやりたいことと一致してる。


…とすぐに確信しました。

その内容について私がいろいろ質問しても、

旦那さんにはもう確信している答えがあり、

またわからないことについては「それはこれから^^」と

はっきり答える…なんていうか迷いがないのです。


今までだと、私の質問(という名の詰問)から

迷いを生じさせてしまったり

やる気をそがれてしまったりすることが

多々あった旦那さんですが(ゴメンね~ (; ^ω^))、

今回は私が突っ込む余地なし。

本人が確信してるからですね。

なので私も信頼して見守りたいと思います。

余計な口をはさんではいけない!! (o^x^o)


我が家に大きな問題が起こって解決の糸口が見えない中、

去年から旦那さんは「6月くらいになれば状況が変わる気がする」と

ずっと言っておりました。

実は旦那さんは人生の大きな節目については

前もってわかる特技があり、

私と出会って結婚する時期も、

数年前から家族に宣言していたそうです。

なのでその6月を密かな支えにして私たちはやってきたのですが、

最近はその兆しもなく、旦那さんは「6月も自信ない」なんて

言い始めてました (; ^ω^)

が、これはやっぱり6月から形勢が変わってくるのではないかと

私は見ています^^

あ、あんまり言うとプレッシャーになりそうなので、ほどほどにしとこ(笑)


その旦那さんのやりたいことですが、

私は旦那さんの転生してきた魂の集大成いなるんじゃないかと思っています。

ちょっと大げさかな?でも、そう思うのです (*´∀`*)

あと、その話を聞いたときに、ある役目が必要だとわかり、

「それ、私がやるよ」

という言葉が反射的にのど元まで上がってきました。

考えずに言葉が出てきたことに自分でもびっくりして、

でもここは慎重にと思って

「『それ、私がやるよ』という言葉が、今のど元まで出てきた。

それじゃなくても何か力になれることがあるのかもしれない」

と伝えておきました。

なんだか、私の魂も反応しているようなのです。


なんか…どう転んでいくのかわからないけれど、

旦那さん、そして私の魂が、共鳴しそうな素敵なプランです。

どうか実現しますように… (*´人`*)


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