●天智帝をめぐる七人 @杉本苑子 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

やっぱり杉本苑子さんってスゴいなぁ。


天智の叔父にあたる軽皇子(孝徳帝)から
その息子・有馬皇子、額田王、鎌足、持統・・
・・七人の物語をちゃんと時系列で繋げつつ、
中央の問題人物・天智天皇の真実に迫る。


なかなかの大胆仮説を採用しながらも
なるほどー。。と、説得力があるのは、
結構な鍵を握る「周辺女性」を細かく分析し、
「朝鮮半島情勢」を重要視する、信頼感。






天智天皇といえば「中大兄皇子」と覚えるけど
「大兄」という皇位継承者を表す尊称は、
本来、中大兄皇子の兄である
舒明天皇嫡男・古人大兄皇子のもの。


乙巳の変当時の天智天皇は単なる
「葛城皇子」という一皇子にすぎなくて、
蘇我入鹿と共に、兄・古人を葬ってから
「中大兄皇子」になるんだよね。


その入鹿だって、当時の名は「蘇我鞍作」だ。
蘇我氏には入鹿やら蝦夷、馬子、妙な名が
付いてるのが不思議だったけど、
わざと後に蔑称をつけた可能性が大きい。。
なるほど。ありえるよねー。(諸説あり)

嶋大臣→馬子
豊浦大臣毛人→蝦夷
鞍作大郎→入鹿





天智天皇はあまり好きじゃない!と仰有る
杉本さん。大王・天智の恥部を次々暴いて
そりゃあまぁ、沢山あるんだけど、、


一番はやはり、同父母兄妹・間人(はしひと)
との禁断愛。


これは政治的にも大問題だったんだなぁ。
天智が何度も即位を先送りした理由としても
杉本さんはコレを重要視している。




間人は、天智の叔父・孝徳帝のれっきとした
皇后な訳で、民間にまで知れ渡っていた、、
という、破廉恥極まる不貞、不倫理ぶりは
確かに大問題だったみたい。


さらに、この忌わしき近親相姦の穢れを
払うために登場するのが、
弟(大海人皇子=天武天皇)の妻・額田王だと?
天武と子供まで成した後に、どーして
天智に嫁いだか??   素朴な疑問も
杉本さんの手にかかれば、、そーきたか~


額田の有名な
♪大海人が袖を振るラブコールの歌や、

♪熟田津で、今は漕ぎいでな~って
軍船を鼓舞する歌の情景も、、


隠れた背景ごと、生き生き甦ってくる!







斉明天皇没後、天智即位の前に存在した
謎の中天皇(なかつすめらみこと)も、
間人が中継ぎとして即位した説を採用したり、


人質として日本にいた新羅王子・武烈王や
百済王子・余豊璋の話も、かなりの熱量で
語られていて、なるほど~勉強になるぞ。

ちなみに、渡来人の技術を入れて、
初めて養蜂を行ったのも豊璋なんだって。





特に、白村江の敗戦は、
太平洋戦争の本土決戦と全く同じ、
真に、開闢以来の国難であったのだなぁ。


唐・新羅軍が攻めてくる!!
東国から徴発された防人たち、
敵の襲来をくい止める為の水城、土塁、
各地に築かれた朝鮮式山城の数々、
防衛戦に備える為の近江遷都、、、


最後の拠点となる大規模な河内の高安城跡




杉本苑子さんは自分達の世代を
次代のために捨石にならねば、と
信念していたという。


青春時代を戦争一色に塗り潰されて、
偽りの歴史教育を叩き込まれた世代。
戦前の押し付け歴史教育から
美名と汚名を剥いでこそ、本当の過去が
見えてくる。それが未来を開く鍵になる。


杉本苑子さん