阿闍梨【番外編】

❖今東光大僧正の一隅を照らす④



◇自利自他の心は、徹底した"論争"より生ず、


◆伝教大師の教えを、いまに生かす英知


以前もちょっと触れましたが、最澄さんは学生の教育法、、、、いわゆる山家学生式を定めて、得度して仏子戒を受けた者は比叡山に住んで十二年間、山門を出ることなく止観と遮那の両方を学ぶべきだとし、


両業の学生にしと十二年間の籠山修学を終わったものは、学行ともに優秀なものは『国宝』として留山し、他の学生の指導に当たる。次に、学問のみで実践のともなわないものは『国師』となし、実践のみで学問のこれにともなわないものを『国用』と名づける


と規定なさった。そのうえで、国師と国用は国家の要請にもとづいて諸国に派遣され、官民の事業、あるいは福祉事業にあたらせようとした。要するに、人にいろいろ用いられて役に立つようになれと、教えになったわけです。


伝教大師は自分の弟子はできもいいし、かわいかったからA、B、Cクラスしかこしらえませんでしたが、あれはちょっと間違いで、もっと規定を開けておかないといけなかったんです。Cからもう一つ、せめて四番目のクラスくらいはつくっておいてほしかったですわ。それはどういうクラスかというと、わたしのような人間のためのDクラス、、、、どんなことにも役に立たないが、おのれだけでもときどき反省して、真人間になれよというやつ。そうでないとA、B、C三クラスではわたしなんか入る席がない。やはりもう少し細かく割っておいて、お前はこの辺、お前はこっちの辺と言ってくれないと、都合が悪い。そう思いながらわたしは、今日まで坊主を本業にしてまいりました。


この伝教大師の言う国師・国用というのも、国の運命を憂え、民族の運命を導くところまで行かないと本当ではありません。創価学会などはバカだから、えらい勢いで公明党こしらえて、みんなから攻撃食ったら政教分離だとぬかした。政教分離したとたんに、公明党の代議士がだいぶ落ちよった。それで、やっぱりあんなこと言うたら具合が悪いてんで、このごろはコソコソ誤魔化して、また政教が一緒になってる。


だいたい、非難するほうがおかしい。政治というものから、だれも離れることはできない。わたしはそう思っている。お前は一ぺん参議院に出たりしたが、何もできなかっただろうと言いますが、そうではない。わたしは坊主で政治をやり、坊主で文学をやるということにひじょうに誇りを持っている。文学の世界のほうから申しますと、お前は坊主のくせに右に袈裟衣を着けながら小説を書いているじゃないかということになりますが、何が悪いかというんです。


つづく、

毒舌仏教入門 苦楽は一つなり 今東光



 

横川中堂において、千日回峰行大行満大阿闍梨による特別祈祷会が開催されています。本日は、藤波源信大阿闍梨が導師をつとめ、参列された方々の願いが込められた護摩木を祈願し、護摩の火に投じました。特別祈祷会は、明日、明後日と行われます。


延暦寺公式サイト 9月6日