阿闍梨【番外編】

❖今東光大僧正の一隅を照らす③



◇自利自他の心は、徹底した"論争"より生ず、


◆一隅を照らす運動とは無償の行為


そうしたら、先生、「一隅を照らす運動というのは、まず精神がよろしい。それから、それによって何ら報われようとしない。報われない、何も反対給付を求めないでやっている。僧俗ともにやっている。これは本当に立派なことだ」とおっしゃるんです。


一隅を照らす運動に携わる人は、僧俗とともに、、、、俗の人は別にして、僧の人はとくに輪袈裟をかけて電車に乗ることは、絶対にしない。簡単なことです。腰掛けない。一隅を照らすかぎりは、みなさんをどうかして腰掛けさせる。腰掛けさせるにも、かわい子ちゃんばかり選んで「ねえ、お嬢さん、ここへお掛けない」というのではあきまへん。お年寄りであろうと、兄ちゃんであろうと、何であろうと掛けさせてあげようという精神にならなあかん。そういうことを、まずわれわれが実行してみようじゃないかというのかま、この一隅を照らす運動の始まりだったわけですが、茅先生がえらい褒めてくれました。


「いま、仏教界でいろんな運動をしている。創価学会、立正佼成会、霊友会なんていって、ずいぶんでかい仏教運動もある。何やら総裁とか統理とか、総理大臣よりも上みたいな役職をつけてやっている信仰団体もあるけれど、あんなものをわしは信用せん。しかし、今さんたちのやっている天台宗の一隅を照らすというのは、すばらしいものだ」と言ってくださった。


このように茅先生が純粋に褒めてくれたとき、ああ、やっぱりこの人は東大の総長になるだけの人物やと思いました。


「あんたは小さな親切運動に因縁をつけて、大きな親切と言うたらどうやなんて余計なことをぬかしよる」なんて、文句つけられるかと思ってひやひやしていたのに、初めから終わりまでそんなことをおくびにも出さずに、意味ある運動だと言われまして、わたしはひじょうに感激しました。


伝教大師は、お前たちは太陽のようにはなかなかなれないから、ホタルくらいの光を出して一隅を照らす人間になれよ、という思し召しで言ったのだと思います。もともと天台宗の建前としては、A、B、C三クラスぐらいで国家のお役に立つ坊主になれ、、、、というものです。


つづく、


毒舌仏教入門 苦楽は一つなり 今東光





❖本日から三日間厳修



 

横川中堂にて千日回峰行大行満大阿闍梨による祈願護摩供が修されます。法要後には、お加持もございます。

9月6日(金) 藤波源信 大阿闍梨

9月7日(土) 光永圓道 大阿闍梨

9月8日(日) 叡南浩元 大阿闍梨

12時30分~ 受付 13時30分~ 開始

一般席は当日受付(3,000円/人、受付順で自由席)です。