阿闍梨【外伝】一隅を照らす

❖生きがいある人生

引用 天台宗公式サイト 法話集



 

生きがいある人生


 人生の最後のときに「生きてきて良かった。いい人生であった。」と思えたら生きがいある人生であろう。では、そのような人生はいかなる「生き方」から生まれるであろうか。


 まず、人生に生きる目標や、打ち込めるものがあるということ。そして、その中に少しでも「人や社会のために役に立つ」という、人間本来の心を磨き、人間性を成長させるものがあるということが大切である。「一隅を照らす、此れ即ち国の宝なり」という、伝教大師最澄(天台宗開祖)の言葉がある。自分の置かれたポジションで世の中を照らし、社会や人の為に尽くす人間は国の宝であるというのである。形あるものが国宝ではなく、一隅を照らす志を持った人間こそ国宝というのだ。仏教では、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう) 」 (生きとし生けるものは皆仏になる素質をもっている)とも「衆生本来仏なり」ともいう。人間の本性、本質は「仏性」というのである。だから、ささやかなことでもいい、困っている人を助けたり、良いことをしたときは気持ちがいい。逆に、悪いことをしたり、後ろめたいことをしたときは気持ちが悪いのである。


 アフガニスタンで戦災や飢餓、干ばつに苦しむ多くの人々の救援活動に取り組んでこられた、ペシャワール会の中村哲医師(2019年に銃撃を受け死亡)が好んで使われた言葉が「一隅を照らす」であった。中村哲医師の生き方は「一隅を照らす」そのものであった。多くの人に「仏性(慈愛)」こそ人間の本質であることを、人道支援活動を通して示していただいた。


 自己中心の「我欲」ではなく、「仏性」に基づいた生き方からこそ、本当の「生きがいある人生」が生まれてくるのである。


 仕事はただ利益を得るだけのものではない。その仕事を通して人や社会に役に立ち、己が人間を磨いていくことでもある。そうすれば自ずと社会から必要とされる人間になっていく。そのような人間には当然ながら「生きがい」が生まれてくるだろう。


 生きがいある人生は、幸せな人生である。自分の人生に最後の別れを告げるときに、「生きていてよかった。いい人生であった。」と感謝のできる人生を送りたい。



(文・清水寺 鍋島 隆啓)


掲載日:2022年03月01日

https://www.tendai.or.jp/houwashuu/kiji.php?nid=238


❖中村 哲

 昭和21年〜平成21年12月4日 享年73歳



中村哲氏は、パキスタンとアフガニスタンで、30年にわたり患者、貧者、弱者のための医療や開拓・民生支援の活動を続けてきた。現地での経験に基づく深い思索と発言・著作は、異文化の理解と尊重を求め、真の平和構築を目指す知的営為として、国際的に高く評価されている。


中村氏は、1946 年に福岡市に生まれ、1973 年に九州大学医学部を卒業後、国内の病院勤務を経て、1984 年にパキスタン北西辺境州の州都ペシャワールのミッション病院に赴任した。以来、貧困層に多いハンセン病や腸管感染症などの治療に始まり、難民キャンプや山岳地域での診療へと活動を広げた(『医は国境を越えて』)。また今世紀に入って頻発する干ばつに対処するためにアフガニスタンで 1,600 本の井戸を掘り(『医者井戸を掘る』)、クナール川から全長 25.5 キロの灌漑用水路を建設し(『医者、用水路を拓く』)、現在では 15,000ヘクタール余の農地を回復・開拓した。用水路工事は雇用を生み、難民の帰還を促すとともに、農地の回復は彼らが農民として平和に暮らすことを可能とした。その数は50万人を超える。