(story) casa-M もみの木(2/7話)
* もみの木 *
夏には活気のあるこの街も冬の厳しさに来る人も滅多にいない。
ところが、クリスマスだけは違う。
雪はさほど多くないこの街にも、時折白い物が舞い、ホワイトクリスマスの趣は充分に果たしてくれる。
都心から二時間ちょっとの立地条件でホワイトクリスマスを楽しむ別荘族もいるようだ。
夏には食料を買い込む別荘族の人たちも、この季節の一日二日は外食をするようで、かき入れ時と言っても良い。
毎年、クリスマスシーズンになると特別のメニューをお出しするのが開店以来続けている。
今年はタンの塩釜焼き。
丸々一本のタンに下味をつけて、あら塩、卵白、香草を混ぜた塩で塗り固め、オーブンで焼くのだ。
冷たくても暖かくしてもどちらでも美味しい一品だ。
ここは、陸の真中なので、中々、良い海の幸にめぐり合うことが出来ない。
どうしても山の幸に頼るような食材になってしまう。
イブとクリスマスには七面鳥を丸ごと一羽焼いて、サービスでお出しする。
クリスマスシーズンにお出しする特別メニューには七面鳥の胸肉のソテーにドライフルーツと赤ワインのちょっと甘みと酸味のあるソースをかける一品。
デザートのケーキもドライフルーツとお酒をきかしてちょっと寝せたフルーツケーキに生クリームを添える。
季節柄を生かして、やはり保存食を上手に使って、冬の趣を感じていただくのも、家庭料理をおだししている醍醐味ではないかと思っている。
この時期によく出るのがロールキャベツ。
どんな味付けにも馴染んでくれるロールキャベツは和風、中華、イタリアン、コンソメ味と数種類お出しする。
ちょっと手間のかかるロールキャベツは家庭の味であって、最近の食卓から消えかけている一品のようでご注文下さる方が多い。
家庭料理だけあって、4種類のロールキャベツにそれぞれ懐かしさを感じるようで、どれもやめることが出来ないのだ。
このロールキャベツを好物にしてくださるお客様の予約が今日、入っている。
毎年、この時期予約をしてくださり、仲良く二人してロールキャベツを食べながら、楽しそうにお喋りをしていらっしゃる。
もう何年になるだろう。。どこにお住まいでどんな関係なのかなんて知らなくても良いこと。
自分と同じ年頃の仲の良いカップル、で充分じゃないか。
まもなくいらっしゃる頃だ。
カウベルの音とともにあの二人がいらっしゃった、と、思った。
「いらっしゃい。。」
女性が一人で戸口に立っている。
「あの、二人で予約したんだけど今日は一人なの。。いいかしら」
「はい、どうぞ、お入りになって。。お席の方へ」
「あの、あそこじゃなくってカウンターがいいんだけど、いいかしら」
女性の顔が今までのどんな寒い夜よりも白かった。。
「ええ、勿論ですとも。。どうぞ、ここがいいかしら、暖炉の側で暖かいわ」
「ありがと。。そうさせていただくわ。。」
女性のコートとストールを受け取り、コートかけにかけると厨房に入った。。
「これ、身体が温まるわ。。お好きかどうか。。」
「いい香り。。これはなに?」
「ミルクティ、チャイって言うの。。フェンネルやシナモンなんかを紅茶の葉と一緒に煮出しているの、お気に召して良かったわ。。」
大きめのマグを両の手ではさんですする女性の頬が少しずつ色を取り戻していった。。
「それをお飲みになったら、お料理、お出ししていいかしら?」
「ええ。。いただくわ。。お願いします」
私は厨房に入ると女性の予約していたロールキャベツを温めた。
女性はくるりと椅子を回すと、マグを持ったまま窓を眺めている。
お連れの男性を待つかのように。。
「今日はお飲みになりますか?」
「ええ。。チンザノのドライをいただきたいわ」
「はい、少々お待ちください。。」
いつもと変わらないオーダー、彼女はいつもオードブルを食べながら、チンザノを飲んでいた。。
「はい、どうぞ。。タンの塩釜焼きです、オードブル仕立てで良かったですか?」
「ええ・・美味しそう・・・いただくわ・・・柔らかい、とっても美味しいわ」
彼女と言葉らしい言葉を交わすのは初めてかもしれない。
一人でいらっしゃるお客様でカウンターにお座りになる方は大概、お喋りを欲している方だから、それとなく話し掛けてみたりする。
でも、複数でいらっしゃる方には余計な事を話し掛ける事はまずなかった。
長いこと贔屓にしてくださっているこの女性もいつも二人でいらっしゃるから時候の挨拶やメニューの説明以外、話すこともなかったのだ。
「冬の寒さが厳しいのに、何故、ここでお店をしていらっしゃるの?」
オードブルを2/3食べ終えたところで女性が口を開いた。
「はい、私はここが大好きで。。若い頃からここで食べ物のお店を開くのが夢だったんですよ。。」
「私もここが大好き。。でも、寒さ、半端じゃないわね。。だけど、あの人がここのこの寒さも好きだったの。。」
「あ・・いつも一緒にいらしていたお連れさんですね」
「そお。。私は涼しい夏も好きなんだけど、あの人、人が多いのを好まないのよ。。だからね、冬のここが好きなんですって。。でね、ごめんなさい、人が、どさどさと押し寄せないのに美味しいお料理を食べさせてくださるここのお店もとっても気に入っていたのよ」
お店に入ってきた時からずっと続いていた硬い表情に束の間微笑がさした。
「それはありがとうございます。。ここは私が暮らせればいいんで、特別な宣伝もしませんし、こんなんでいいと思っているんですよ」
「あの人、病気なの。。」
「あらま。。それはご心配ですね。。」
「でもね、どこが悪いのかわからないの、最後に会った時に背中が痛いって言っていたの。。だけど、それから連絡が取れなくなってて。。だから、病気なんだと思うのよ。。でもね、ここの予約は病気の前だったから。。お互い、歳だしね、いつ病気になってもちっとも不思議じゃあないわ。。ただ、ひょっこりきてくれるんじゃないかって、ちょっと期待しちゃったんだけど。。来ないみたいね。そうなの、私たち。。」
女性の頬からまた色が失せ、束の間の微笑みはまた闇の中に消えていった。
「病気は養生したら良くなりますでしょ。またお二人でいらしてください」
「ここのロールキャベツは絶品だわ。。あのね、何度か自分でもチャレンジしてみたのよ、でも、どこか違うのよね。。あの人もここのロールキャベツが大好きだった。。だから、今日は一人でも、あの人の分までいただいちゃおうと思って来たの」
女性は心の隅に影を押し込めているのが、よくわかった。
それでも、ロールキャベツを一切れ、一切れ、口に運んでいる。
「差し出がましいこと言うようですけど。。お二人してここに、もう何回いらっしゃってくれているかしら。。ここは今年、10年を迎えました。。ここが始まった頃からお二人でいらっしゃってくれてましたね。。ご夫婦でないのは、なんとなくわかるものですよ、でも、とっても仲がお宜しくって。。素敵だと思っていたんですよ」
「ありがと・・・なんか照れくさいわね」
「もうすぐ、クリスマス・・・サンタクロースだって、年に1回、プレゼントを持って来てくれるんじゃないですか。。でも、サンタクロースが普段、どんなお仕事をして、どんな暮らしをしているかなんて、誰も知らないでしょう。。だけど、子供も大人もサンタクロースを毎年待ってます。。」
「いいこと言うわね、ここのお料理と同じ位、あなたが好きになったわ」
「あはは。。それは嬉しいです。」
「本当は今日、どうしようか迷ったの、お断りの電話をしようと思って電話も取ったわ。。だけど、もし病気なんだったら、私、あの人の食べたがってたあなたのロールキャベツ、代わりに食べることしか出来ないなって思ってね。。でも、来て良かったわぁ~」
「今日はどうなさるんですか?お泊りですか?」
「ええ・・別荘を開けるのは面倒だし、ホテルを取ってあるの。ここにもタクシーで来たのよ、あとで、タクシー、呼んで下さる?」
「ええ・・いいですとも、なら、ゆっくりしていって下さいな、予約のお客様も入ってますけど、よろしかったらここで一緒に飲みましょうよ」
私もこのご夫人がとっても好きになってきていた。
今夜は久しぶりに話の出来る人と話が出来そうだ。
「嬉しいわ。。ここでお喋りさせていただいて、ホテルに帰ったらこてっと寝るわ。。」
「バタバタとしてますが、そんな時はそこの本でも、ご自由にご覧になっていてね」
「ええ。。そうさせていただくわ、それにしても、あなたと話せて良かったわ、10年になるのね」
「私も嬉しいです。。世の中っていつもプラスとマイナスの引き合いですよ」
「連れがいないことであなたと話ができたわ、これもプラスね」
「そう言ってくださると私も嬉しいです」
窓ばかり気にしていた女性の視線がいつからか落ち着き、ゆったりとしてきた。。
「あ・・降ってきましたね。。雪ですよ。。」
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