其の漆拾。
01. 静かな起爆
「だってあの人、ゴミの収集日も覚えてないんですもん」
そんな言葉で、あっさりと俺の元を去っていった。
確かにここは、罪を償うために死よりも重い生を科せられたものにとって、生き難い場所なのだろう。
それなりの事由がありそうな、けれど天真爛漫でお子さまな悟空にとってでさえそうなのだから、あれこれと他人に不必要なまでに気を使う彼ならば余計に。
けれど、それでもどこか忸怩たる想いが燻っていたことは確かで。
やつが、ゴミの収集日を覚えていたら、ここに留まってくれていたのか。
自分がゴミを出さなくてはならないような環境に身を置いていたら、残ってくれたのか。
…そうじゃない。
ただ、不安なのだ、女が好きとのたまうヤツの瞳が、俺に対して負の色を浮かべるのを知るが故に。
彼は、俺の中の静かな起爆のスイッチを押してしまったのだ。
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其の漆拾壱。
02. 音声の喪失
一緒にいた時間は、とても短い。
それでも、大量虐殺をした大罪人とは、本人を目の前にしてすら信じられないほど柔和な雰囲気は、するりと心の内に入りこんできた。
なつっこいが本能で本性を見極める悟空が、初対面から甘えを見せたほどなのだ。
他人との関わりをまったく重要視しない、むしろ疎ましくさえ思う自分でさえ、いつの間にかその存在を許してしまっていた。
それなのに、当人はこちらの気持ちにはまったく気付かぬまま、さらりと去って行ったのだ。
そこにいることさえ腹立たしくなるようなヤツのところへ。
名を変えても全てが赦された訳ではなく、ひとりで住まうことは認められず、かといって寺院内に置いておくことも出来ず。
だから、わずかな期間でも同居していた相手であり、経緯も事情も分かっているのならば、最善であるはずなのだ。
それなのに彼の、外見そのもののような穏やかで耳障りのいい声がないだけで、世界の全ての音声の喪失のように感じるのは。
「失いたく、ないからだ」
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其の漆拾弐。
03. 視界の色もわからない
「なあ三蔵、あいつら、いつ来んの?」
無邪気で、だからこそ、腹立たしくなる悟空の要求に、苛立ちを隠せなくなる。
欲しくもないのに与えられた最高僧という名、そして焦がれるほどに会いたい相手は、その理由はどうあれ、大罪人。
なんとかお目付役という名の後見人という立場は獲得したものの、おおっぴらに会える関係ではない。
同様の悟空は鬱陶しいほどにまとわりついているのを黙認されているというのに、その差はどこから来るのかと、知らず握りしめた拳のせいで手のひらからの出血は日常と化してしまった。
ただ会いたい、どうでもいことを話して、否、何も話さなくてもただ一緒にいるだけでもいい、そうやって日々の鬱屈を晴らしたい。
強いられた運命とも言うべき状況を、彼ならば打開してくれるだろうという希望的観測が、俺を狂わせた。
現実と理想、その間にある視界の色も分からないほど、求めて、焦がれて。
柔和で、おっとりと、悟空のワガママでさえも受け入れ、命の恩人だからとまるで主婦のように悟浄に寄り添う。
きっと機会さえあれば三蔵にもと期待を抱かせる、そんな彼だから、気付けなかった。
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其の漆拾参。
04. 亀裂のかたち
苛立ちが、いつから自覚の範疇に入り込むようになったのか、境界線は曖昧だ。
それでも、牌を操るクソ気味悪いヤツとの決別後は、それなりに安定していたはずだった。
逃亡者であったときは、捕獲者である三蔵の姿を見ただけで、おそらくは時間が無いことを悟ったのだろう、銃を奪って逃げたと思わせ、けれど本当は本懐を遂げにいく時間が必要だっただけだった。
結局それも叶わず、けれど潔く死をその罪の代わりに受け入れる覚悟をして、与えられなかった。
ずっと姉の姿を追い、死に場所を探していることはわかっていた。
それでも手放してやれなかったのは、自分のエゴだ。
ただ、死なせたくない、いや、失くしたくないと、おそらくは初めて強く思った。
師である光明は、亡くしてはじめてその存在の重要さに気付き、以来、同じ思いはするまいとどこかで自戒していたのだろう。
軋むように、疼くように、心に入った亀裂のかたちは、とても歪で。
締め付けるように巻き付いたその蔦の名は、何なのだろう。
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其の漆拾肆。
05. 救援という名の
内実はともあれ、世間的には『最高僧』と『大罪人』。
真実を知る唯一の金瞳の養い子と赤い髪と瞳を持つ遊び人は、どう見ても立場が逆だろうと大笑いする。
そして、腹が立つことにそれは、自分ですらも反論出来かねないことで。
暴走した妖怪らに村を襲われ、大切な人を亡くし、ただその人を想うが故に妖怪となるまで殺戮をした。
相手が人だろうが妖怪だろうが責める訳ではないし、むしろその感情はかつての自分にもあったものだから理解も出来る。
けれどだからこそ、死を望むことだけは阻止したくて、救援という名のエゴを押し付けた。
基本的に、優しいのだ。
けれどその優しさの中に、自分が大切に想うものを傷付ける対象には決して容赦しない激しさを隠している。
そのアンバランスさが、彼をとても不安定に見せている。
迷惑だと思われる分かっていてもつい、手を差し伸べたくなるような。
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其の漆拾伍。
06. まだ繋がってる
目的地が近付くにつれ、当然ながら相手側からの攻撃も激しく、別行動を強いられる頻度も高くなる。
咄嗟の場合はともかく、戦略としては、喧嘩っ早く接近戦を得手とする悟空と悟浄を一緒にしておくのは得策ではないし、性格的な相性もあり、どうしても二手に分かれる場合には三蔵と悟空、悟浄と八戒というパターンが多くなる。
連絡手段などなく、打ち合わせた場所に来るまでは互いの生死さえも不明で。
それでも、まだ繋がっていると、祈るように願う。
悟空に何かあれば、命を賭してでも。
悟浄がどうかしたら、それなりに。
けれど、彼が、もし。
そう考えるだけで、自分が自分でいられなくなる恐怖に似たどす黒いものがわき起こる。
表面の柔和さである程度は誤摩化せても、いつか彼の過去は知れ渡るだろう。
その時でも笑顔が消えないよう、今を戦うのだ。
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其の漆拾陸。
07. 許せないから手を伸ばす
先に合流地点に到着したのは、三蔵と悟空。
そして、苛々をタバコで誤摩化しているうちに遅れて来た、悟浄ひとり。
それも、重傷とは言わないまでも、かなり苦戦したあとが生々しい。
自分たちが易々と抜けられたことをふまえれば、主力で多勢の方に当たったことは間違いない。
では、ここにいない、彼は?
それだけで射殺せそうなほどの眼光を悟浄に向け、無言のまま事情を問う。
状況は予想通り、そしてここにはいない彼のとった行動もまた想像通り。
最高潮に達した苛立ちはむしろ冷静さにかわり、微苦笑すら浮かべられるほどに感覚は冴え渡る。
却下だな、呟きは、宣戦布告にも似ていて。
許せないから手を伸ばす、それに拒否権を与える気はさらさらなかった。
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其の漆拾漆。
08. 収束に向けて、まず
後戻りは、気に入らない。
ただでさえ、カミサマの件で悟浄のためにいったん引き返すなどというロスをしているのだ。
それでも彼ひとりを放って先に進めるはずなど、どこを探してもわずかな理由でさえあるはずもなく。
満身創痍な河童の姿を見ればなおのこと、今ある彼の状態がどれほど悲惨なものであるか想像出来る。
今戻らなければ、おそらくその命はない。
否、今この瞬間でさえ、それが保証されているワケではないのだ。
ならば、最速で最善をつくすのみ。
この旅はすでに終盤に差し掛かっている、ならば収束に向けて、まず、揃って真向かうことが、相手にとっても礼儀だろう?
誰一人、欠けることは許さない。
種族問わずでと、だからことの初めから同行者を自分が選びたいと三仏伸に願い出たのは、こんなことを予想していたからだ。
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其の漆拾捌。
09. ようやく泣ける
その身体を見つけた時、予想はしていたが、意識はなかった。
妖力制御のカフスを外し、躯に蔦の痣を這わせた姿で、横たわっていた。
それでもありがたかったのは、まだわずかに息のある彼を、それでも相手が致命傷を与えたと思い込んで放置してくれたこと。
以前にもそういう事態はあったそうで、悟空は小さなカフスを探し、『ちゃんと嵌めてあげないと』と歪んだ笑顔を見せた。
死に場所を探していた以前とは違い、生きることに前向きになっていたとは思っていたけれど、こういう時、まだ死ぬことに戸惑いがないのだと改めて思い知らされるのだ。
己のためだけではない、その命を惜しむ誰かがいるのだと、いつになったら気付いてくれるのか。
「少々、侮ってしまいました」
意識が戻った最初の言葉がそんなもので、だからこそ彼らしさが失われていないことを知る。
人から妖怪へと変化したことで、その治癒力は増しており、意識がきちんと戻りさえすれば大丈夫。
ようやく泣けるなあと、猿と河童がニヤリと笑ったことで初めて自分が涙を流していたことを知った。
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其の漆拾玖。
10. 温もりは約束する
「勝手なマネをした代償は、あとで清算してもらう」
ひとりが犠牲になればという案に河童が容易く同意するはずはなく、けれどそうせざるを得ない状況ならば、半妖である悟浄よりは制御装置が必要なほどの己の方が時を稼げると考えるのは当然だ。
だが、カミサマの時に、誰かを犠牲にしてまで先を進むことはしないと、たとえ本人がそう望んでも聞いてやらないと分かっているはず。
だからこれはおそらく、戻ってくるまでの間死なずにいられる可能性が高い方が残る、ということだったのだろう。
分かっていても、万が一、もしかしたらと、指先から始まる冷えは体全体にまで広がってゆく。
ならば、約束させるまでのこと。
「俺の温もりは約束すると、誓え」
俺から体温を奪いたくないのなら、どれほどみっともない姿を曝そうとも生き延びると。
もともと、血も涙もないような輩のエゴで始まった戦いだ、こちらも遠慮する必要はない。
誰からも文句が出ないほどに、せいぜい派手に息の根を止めて、その後の自由を確保するまでだ。