『トキヤなら、まず、褒めに弱いだろ?』
『うん』
どこまでもストイックなトキヤは、およそ己のことに関して、向上心を満足させることはない。
その実力に正比例してプライドも高く、お世辞や裏のある賞賛は鼻にもかけないくせに、真面目すぎるきらいがあるから、正面から真っ直ぐに褒められるとどうしていいのか分からなくなってしまうのだ。
褒められて当然と、その自負はあるはずなのだが、素直な賛辞をてらいもなく受け入れることに慣れていないようで。
持って生まれた容貌はともかく、健康管理から体型維持まで常に気をつけている容姿はもちろん、歌唱力もダンスも勉学も料理も、とにかく努力している事柄全てに関して、トキヤは自信を持って控えめだ。
頑張ってはいる、それなりの自信もある、けれど、それをひけらかしたりはしない。
しない上に、気軽に話しかけられない硬質で低温の気配をいつも身に纏っているから、他の気安い友人たちのように『素晴らしかったよ』なんて肩を叩いて声をかけることなんて出来ない。
だから、トキヤが褒められてないのは、自業自得、なのだけれど。
『まずは、イッキがイッチーの好きなところを、伝えてみ?』
瞳でも声でも容姿でも、なんだったらその存在そのものでも。
『いつも、言ってるんだよ、上手いねとか美味しいねとか。でも、”そうですか”で終わりなんだ』
音也の言葉にも態度にも裏や嘘などないと、トキヤだってきっと分かっているのだろうけれど、今さらトキヤにだって自分を変えられないのかも知れない。
『ならさ』
戯れつきながらじゃなく、無理に押さえつけてでもきちんと正面から見つめて、
『どこが好きなのか、なんで好きなのか、音也の言葉で伝えるんだ』
それも
『なるべく、綺麗なものに例えて、ね』
朝露を弾く深緑の瑞々しさとか、夜空の天鵞絨にちりばめられた星屑とか、ビスクドールのような完璧に整った容姿とか、天国へ誘う天使の囁きのような声とか。
『要は作詞と同じだ、思うことを思いつく限りの言葉で表現すればいいのさ』
そういわれても、やはり音也は作詞は苦手で、春歌の曲があればこそ、気持ちをそのメロディに乗せることが出来るけれど、そうでなければ気のきいた台詞なんて浮かんでこないのに。
けれど、そのレンの例えは、いつも彼の言う『子羊ちゃん』たちに向けているものとはなんだか少し違ったような気がしたので、
『そうやってマサを口説いてんの?』
うっかり、訊いてしまったのだ。
あの狼狽えぶりは、なかなか見られるものじゃなかったなと、トキヤのことを考えているのと同時にどこか頭の隅で思って、音也はふふと笑いを漏らした。
びきっと固まって、それでもほんの瞬き1回くらいの長さだったのは、さすがはレンということか。
でも、そのあと少しだけ、なんで聖川を、とか、いやその前に俺は子羊ちゃんしか口説かないし、とか、音也に聞かせるわけでもなくブツブツと呟いて、それは多分、呼吸3回分くらいだっただろうか。
『俺のことはいい、今はイッキのことを話してんだよ』
あっさりそう戻ってきたのは、まだ翔が那月をうるさがっていつもの攻防戦を繰り広げている頃だった。
ぎゅーってして、それだけでいいのかと訊かれたら、もちろんそれでいいと思うのも音也の本心だけれど。
でもやっぱり、ぎゅーってするその自分の腕の中でトキヤがふうわりとほぐれてくれるといいなと思うし、出来れば偶然を装ってではなくちゃんとトキヤの、髪や頬や首筋やそれ以外のあちこちにも触りたいし。
欲を言っていいのなら、トキヤにもぎゅーって抱きしめ返してもらいたい。
でも本当にそんなことを、伝えてもいいのだろうか。
伝えて、トキヤに嫌がられたりしたら、同じ部屋にいるなんて拷問に近い、と音也は思うのだけれど。
あまり他の生徒は知らないっぽいけど、トキヤはとても優しくて、少しさみしがりやで、甘え下手な血統書付きの猫のようだから、もしかしたら。
…ぎゅーって抱きしめるよりも、ほんわりと抱え込んであげた方が、いいのかなあ?