「要不要がはっきりしてるって言うか、興味がないことはとことんスルーすっけど、執着したらしつこいんだよな」
ジフの渋面を前に、それでもF2はここぞとばかりに話を続けた。
「ジュンピョの場合はあれは加減を知らないって言うんだろな。脳内と口と行動があれほど直結してる人間もめずらしいくらいだ」
「あれで神話のトップなんだもんな。ある意味、カン会長の心配も分かる気がするよ」
口調に容赦がないのは、それくらいでは関係が揺らがないという自信があるからだ。
短気で、感情がそのまま言動に表れるジュンピョではあるが、ある程度発散すれば根に持たないのが長所であり、その裏表のなさが時に乱暴で粗暴でもあるのに恨まれたりしない理由だろう。
純粋無垢で、取り繕ったりすることを知らない子どもがそのまま大きくなったのが、ジュンピョだ。
だから、命令することに慣れた者特有のその強引さに辟易しつつもジャンディがジュンピョに惹かれた気持ちも分かるし、同時にそれは恋愛感情というよりも母性本能に近いものだったのだろうと、イジョンもウビンも知っていた。
それは、ジャンディに大人の恋愛感情がなかったからこそで。
もしかしたらジュンピョよりも先に、ソヒョンの件があって本人も周囲も気付くのが遅れたけれど、ジフはジャンディのことを特別だと思っていたのかも知れない。
ソヒョンがフランスへ発つ前にジャンディと話をし、無表情なジフの『笑顔』を取り戻してくれと頼んだらしい。
それは、ソヒョンには、ジャンディがジフを変えてくれる存在なのだと分かっていたことを意味する。
両親を亡くし、祖父にも去られ、ジフは感情を失くした。
それを、取り戻してくれるのがジャンディだと、ずっとF4の姉として見守ってくれていたソヒョンには分かったのだろう。
同時に、ジフのソヒョンへの感情が、どれほど強く激しくても、幼いものでしかなかったことも。
「ジフの場合は、真逆だよな」
続いていた会話に、己の思考に入り込んでいたジフの意識が浮上する。
「加減してるってことですか?」
腕の中のジャンディが興味津々に問うのに、ヤツらではなく自分だけをみてくれと、こんな時にですら思ってしまうことにジフは僅かに自嘲する。
「加減っていうか…ジフの場合、容赦がないというか言動の結果をしっかりと分かっててそれでもやる酷薄さがあるってことだな」
「敵なしのF4の中で、もっとも敵にまわしたくない筆頭、ってか?」
そう言ってくすくすと笑うF2はともかく、カウルまでもがその笑いに賛同していることにジフは割り切れない。
救いは、ジャンディが理解出来ずにジフに真っ直ぐな視線を向けてくれていることか。
「大丈夫だから」
何が、とか、どうして、とか、そういう些末なことをすっ飛ばして、ジフは腕の中にある幸せを具象化した存在に告げる。
いつでも、どんな時でも、この腕はジャンディのためにあるのだと。
その想いが一方通行であった時でさえ、自分を必要としてくれることになによりの幸せを感じていたのだ、今はその気持ちが自分に向いているというだけで至福であり、むしろそれ以上を望んではいけないと自戒するほどで。
「ありがとう」
ジャンディの口癖のような言葉が、こんな時にもこぼれ落ちる。
謙虚すぎるほどに自分に厳しいジャンディは、だから、どんな時もまず、謝意が出てくる。
ありがとう、ごめんなさい。
聞きたいのはそんな他人行儀な言葉ではないのだと、おそらく当時は遠慮会釈ない暴言も口にしていたのだろう相手のジュンピョを羨ましく思ったこともあった。
でも今は、それがジャンディの偽らない心なのだと分かるから。
「ジャンディのありがとうは、聞き飽きたよ」
そんなふうに、冗談にしてみせるほどの余裕も出てきた。
だからこそ、幼少の頃からを知っているF2には誤摩化しが利くはずもなく、さらにからかわれるネタにされてしまうのだけれど、それすらも愛しく思えるようになったのはジャンディのおかげだと、ジフはちゃんと分かっていた。
ひとしきりジフとジャンディをからかって満足したのか、それともイジョンがカウルとデートでもするのか、夕食をと誘ったけれど3人とも断って帰っていった。
「先輩」
ソギョンもそう遅くならずに戻るだろうとキッチンに立ったジャンディが、刃物を持つ手元に意識を集中しながらも、お互いの位置を背後に感じられる場所で書類を手にしているジフに声をかけた。
「カウルがね、ちょっと驚いたって」
3人の帰りがけ、カウルがジャンディを抱きしめながら何かくすくすと笑いながら囁いていたことは知っていた。
自分たちと同じくらい、いやおそらくはそれよりももっと純粋で深いふたりの仲を知っているから、冷やかしまじりで、でもきっと心からの会話がなされているのだろうと、ジフはF2と話をしつつも意識をジャンディに向けていたのだ。
『ジフ先輩って争ったりしないイメージだったから』
そう、カウルが言っていたのだと、ジャンディは教えてくれた。
確かにジフは一見、F4の中でも一番表情に変化がなく、良く言っても無愛想、むしろ無表情・無感動などとにかく無というという言葉が当てはまるほどだったが、ジャンディに関わるようになってからの姿しか知らないカウルにとっては、子どものように破天荒で唯我独尊に振る舞うジュンピョに比べれば確かに温厚であっただろう。
実際、どんな時でもジャンディのことを最優先にし、いつでも守るようにそばにいたジフはカウル本人を認識してはいてもあまりよく知らず、カウルにとっても顔を合わせても交わすのはせいぜいが一言二言、それもジャンディに関することのみで。
それでも、あまりよく知らなかったウビンや、当時はわざと女性に対していい加減な態度を取っていたイジョンたちよりも、権力や外見、財産等を自慢したりひけらかしたりすることもなく、どこまでも優しくて優しくて優しいおとぎ話の白馬の王子様、そんなイメージだったらしい。
だから、F2から暴露されたジフの意外な面に、それでもなぜか違和感がなかったことに驚いたのだと言ったらしい。
ジャンディもカウルも、年としてはF4よりひとつ下であるだけで、当然すでに成人年齢をいくつか過ぎているというのに、いまだに少女と呼んだ方がしっくり来る雰囲気を持っている。
見た目が幼いというわけでは決してなく、ふたりとも出会った頃よりもずっときれいになっているのだが、世間擦れしていない無垢な心がそう見せているのだろう。
もともと国を担う後継者ということで同級生よりも進んだ教育を特別に受け、学力は当然のこと、経営はもちろん処世術や護身術までをも叩き込まれてきたF4だから、その見た目だけではなく纏う雰囲気からしても、一歩も二歩も先に大人の仲間入りをしていたのだから、一般の生徒と画していたことには自覚がある。
だからこそ、社会に求められる一般的な年齢の姿も好まれる嗜好も熟知しており、むしろ逆にジャンディたちがあまりにも無防備なほどに純粋なことに、いまだに慣れることが出来ないでいるのだ。
早くから決められた立場に膿み、好みは違えど女性関係が華やかだったイジョンとウビン。
与えられてきたものを当然だと疑いもしなかったジュンピョ。
自身を含め、何をも大切に出来なかったジフ。
その全員を根底から覆したのが、『単なる庶民』であるはずのジャンディだった。
切欠はそれぞれでも、『気にかかる』が『心配になる』まで、それほど時間はかからなかった。
顕著だったのはジュンピョで、嫌がらせをした挙げ句、反論してきたジャンディに『俺に気がある』と幸せな誤解をし、あれこれいざこざはありつつも、その押しの強さが功を奏したのか、関係は実っていたはずだった。
真逆のジフは、想いを自覚した時にはすでに遅く、でも何よりも大切な存在だと気付いたからこそ誰よりも『幸せに笑っていてくれれば』という想いは強く、自分ではない相手を想って泣く人を抱きしめ、その痛みを共有していた。
どちらも教えてもらえなかった普通の人間関係に不器用で、けれどいい意味で世間擦れしていないジャンディにはその差が分からず、おそらくは寄せられる想いに気付いてはいても、静と動の両極端ともいえる態度に戸惑っていたのだろうことは想像に難くない。
であればこそ、心がどこに居たがっているのかを自分で分かるまでにこれだけ時間がかかってしまったのだろう。
それをジフは責めるつもりもないし、もっと長く、いやいつまでも待つつもりでいた。
自惚れでなく、ジュンピョよりもジャンディに近いところにいると思っていたし、たとえジャンディがジュンピョといると決めてもふたりの関係が終わるとは考えなかったからだ。
どんな時でも、どれほど些細なことでも、ジャンディがもどかしくなった時にはいつでも自分がいることを思い出してもらえればいいと、本気でそう思っていたのだ。
もう10年以上もソヒョン以外、もしかしたらF3のことでさえも我関せずで過ごしてきたのに、ジャンディが現れてからは彼女に振り回されてばかりだった。
もちろんそれはジャンディの所為ではなく、ジフ自身、自覚がないままに行動した結果がそうであったということなのだが、それは自身にとってもF3にとっても驚愕に値するほどのことだった。
乱闘騒ぎが日常のジュンピョはもちろん、もともとの組織の成り立ちのために必要に迫られているウビンも、複雑な家庭環境のせいで荒れ気味な女性関係から起こる面倒な関係の清算のために仕方なくというイジョンも、頻度に差はあれど、それなりの立ち回りは経験している。
が、そもそも荒事になるほど他人と交流を持たないジフにとっては、基本から応用、実戦に対応出来るまでに叩き込まれている体術を使うことすら、初めてだった。
面倒になりそうなことは極力避け、巻き込まれそうになっても適当にあしらって火の粉が降り掛かるのを回避することは、ジフにとってはカードゲームよりも容易いことだった。
打つべき手を打ち、回避出来る事項は前もって根回しをしておく、それは呼吸することと同じくらい身に染みついた習慣だった。
おそらく、ジュンピョにとっても、はじめはその程度のものだったはず。
よくある、『女生徒からの告白』。
真実は、嫌がらせを受けたジャンディがジュンピョに文句を言いに来たのだけれど、それさえもお目出度いジュンピョは初めての経験だからか己の都合のいいように解釈し、ジャンディがジュンピョに惚れているという結論を導き出していた。
外見や背景、ジュンピョ当人でさえ、あの頃はそういうステイタスシンボルに囚われていた。
そういう全てを粉砕してくれたのが、ジャンディだ。
社会的なステイタスを理解せず、『普通の人として』、F4と真っ向から対峙してくれた。
優遇されることが当たり前で、邸にいるものたちは当然、雇われる立場の人がいるということさえ気付かなかった。
周りにいるものは全て『家』に目が眩み、財産や地位、そうでなければその外見が目的なものばかりだと、頑に思い込んでいた。
そんな自分たちがジャンディと出会って、今までモノクロームだった世界に色がつき、音が溢れ、眩しいほどに輝いていることを教えてもらった。
でも、それだけでいっぱいいっぱいで、気付くことが出来なかった。
ジャンディに感化されたのは、自分たちだけじゃないっていうことに。