처음(初めて) 22 | 気ままに吐露トロ

気ままに吐露トロ

あれこれ好きなことを、覚え書き。

「やむなく暴力沙汰になったとしても、動きは最低限、狙うのは急所のみっていう、悪魔みたいなヤツなんだよ」
「…護身術の基本だから」
「ジャンディは見てなかっただろうけど、モデルの時もマカオの時も、ジフが一番やり方に容赦なかったんだぜ」
「そ、雑魚は放っておいて狙うのはリーダーのみってね」
確かに下手な攻撃で相手を逆上させる可能性を考えれば、確実に落としておくのは理に適っているし、無駄に体力を消耗するのは得策ではなく、司令塔がいなくなれば下っ端などとるに足りないゴミに成り果てる。
のだが。
「でもそれより怖いのは、暴力沙汰にしないように手を回すんだよ」
「しかも誰にも分からないように、いつの間にか、な」
ウビンの言葉に追い討ちをかけたのはイジョンだ。
「どういうことですか?」
不思議そうに訊ねるジャンディを見て、カウルがくすくすと笑った。
「なに、カウルまで」
少し不機嫌になりかけたジャンディに、ジフがいいタイミングで入れ替えた熱いお茶を持たせる。
ありがとうございます、と律儀に笑うジャンディを、ジフは自然に抱き込むように隣に座る。
「争いごとは嫌いだから、そうならないようにしてるってこと」
ふんわりというジフにジャンディは素直に頷くが、ウビンとイジョンは渋い表情を作った。
「…ジャンディ限定でな」
ぼそりと呟いたイジョンの言葉に、カウルが
「いつも先回りされてましたもんね」
と無邪気に続けた。
「カウル?」
「ジャンディの話はジュンピョ先輩のことは文句ばっかりだったのに、ジフ先輩のことはいつも大変な時にはいつの間にかそばに来て助けてくれるって言ってたでしょ」
「それはそうだけど」
それがどうして手を回すだの先回りだのになるのかがジャンディには分からないらしい。
「昼寝して楽器弾いてばかりに見えて、俺らの誰よりもジフは頭が切れる、策士だからさ」
「だから、普段がとにかく動かないヤツだからこそ、逆にその分、ジフが何か行動を起こす時には非常事態だってことなんだ」
いい募るF2に、
「あ、非常ベル…」
ジャンディがふと思い当たったように呟いた。
「いつも聞き逃さないようにしてたからね」
その言葉は、カン会長の手がカウルやジフへ伸びた時に全てを諦めて家族のいる漁村へ逃げたとき、探しに来てくれたジフがくれたものだ。
ジュンピョとの距離が掴めなかった時はプールまで何度も来てくれた。
カン会長からの心身的な嫌がらせに堪えられなくなる時には、抱きしめて涙を拭いてくれた。
マカオの空港では、真っ直ぐにジュンピョに向かって怒りを表してもくれた。
「俺たちも、ジフにそんな行動力があるなんて知らなかったけどな」
イジョンが茶化すのにもジフは動じず、
「素直にぶつかる決心もすがる勇気も必要だって、教えてくれたのはジャンディだから」
ジャンディの目をふわりと見つめながらそう言った。
「ジャンディがジュンピョを好きなら、ジュンピョといて幸せに笑ってくれるのなら、どんなに困難な問題にもぶつかっていくし、何にすがってでも絶対に守るって決めてた」
そして、長い両腕の中にジャンディの細い身体を抱え込む。
「その結果が『今』なら、何の後悔もないよ」

 

「でもちょっと、びっくりです」
ふとそう呟いたカウルに、イジョンが視線を送る。
「ずっとジャンディには特別な人だって思ってましたけど、こんなに甘いタイプだとは知らなかったので」
クスクスと笑いをもらすカウルの視線は、ジャンディを抱き込んでいるジフの両腕にある。
「ま、あんまり、っていうか滅多に見られるもんではないよな」
そういうイジョンも、カウルとほとんど隙間がないほどくっついて座ってはいるが、さすがに手を回したりはしていない。
「木のロボット以来か?」
「かもな」
ウビンとイジョンが、おそらくはF4にしか分からない話題なのだろう、ニヤニヤと笑うのをジフがじろりと横目で睨んだ。

「気をつけろよ、ジャンディ。ジフはハンパなく執着心がすごいからな」
「そうなの?あんまり拘りってなさそうだけど?」
誰でも何かしら拘るものはある。
F4は環境的にも金銭的にもその許される範囲が広かったために、服やアクセサリー、持ち物をはじめ、飲食物その他に至るまで、それぞれにどのブランドだのデザイナーがいいだのとかなり贅沢に選択してきている。
その中でジフだけは、値段を気にすることはないにせよ、基本的に好みに合えば何でもいいというスタンスを貫いており、F4の中でも比較的ラフな格好も着用していた。
「だからこそ、気に入ったりしたものを見つけると、な」
「ジュンピョとは違う意味で独占欲がすげえんだよ」
口々に言うF2に、ジャンディがわずかに引き気味に苦笑する。
「誰にも見せないように隠すし、触らせないように抱え込んで放さないし」
ちょうど今みたいにな、とウビンが笑うのにジャンディがジタバタし始めるが、むしろそれはジフの囲う腕の力を強めただけだった。
「分かりやすい代表がジュンピョ、分かりにくい典型がジフ」
「どういうことですか?」
ジャンディの代わりにカウルが問うと、イジョンがにっこりと笑った。
「タイプは違うけど、どっちも自分に素直ってこと」
意味が分からないと首を傾げるジャンディとカウルに、ウビンが補足した。
「自分を優先するのがジュンピョ、自分じゃないものを大切にするのがジフ」
「そう言われるとなんとなく分かるような…」
頷くカウルに、ジャンディが視線を向ける。
「ジュンピョ先輩だってジャンディを大切にしてたと思うけど、でも結局はジャンディの都合とか気持ちよりも、まずご自分がしたいように行動してたように見えたもん」
ずっとジャンディと一緒にいて、ジュンピョの突飛な行動に巻き込まれることも多かったけれど、でも渦中のジャンディよりもF4を一歩引いた場所から観察出来たカウルならではの視点は、今でもF4にとっては新鮮な感想を聞ける。
「でもジフ先輩は、ずっとジャンディのためにいろいろされてたでしょ」
鈍感なジャンディはずーーーっと気付かなかったみたいだけどね、とペロリと舌を出したカウルに、ジャンディが膨れっ面を向けた。
「しょうがないじゃない、あれこれいっぱいいっぱいだったし」
ぼそぼそと言い募り、
「…分かりにくかったもん」
小さな声で付け足されたのはおそらく、分かりやすすぎるほど強引なジュンピョに比べて、なのだろうとジフには容易に想像がついた。
ジュンピョに振り回され、カン会長に放り出され。
やっと見つけた道は、生活のためのバイトさえ返上しなければならないほど困難で。
だから、ジフが彼女を思ってするさり気ないあれこれに、目の前にあることに対処することで精一杯なジャンディが気付かなくても仕方のないことだった。
それでも、名誉消防士を名乗らせてもらえるほどにはジャンディの中に居させてもらえたのだ、当時のジフにはそれで充分満足だった。
でも、だからこそ、きちんと今後のことに向き合った時、自分の中での優先順位が変わっていたことに戸惑い、迫られる未来への選択に焦り、それなりに考え抜いた答えであるはずの今ですら後悔が全くないとは言い切れないことに忸怩たる想いを抱えていることは、カウルはもちろんジフもちゃんと分かっていた。
「今も?」
だからだろう、ふんわりとジフはそう、訊ねた。
「今は…っていうか、ちゃんと気付いてみたら、むしろ申し訳ないくらいなんだけど…」
ぼそぼそと続けるジャンディに、ウビンがからかうような視線を向けた。
「端から見てたら分かりやすすぎるほどだったけどな」
「そうそ、ジャンディのことになると、昼寝ばっかりしてたやつとは思えないほどの行動力だったからな」
イジョンの追い打ちに、ジャンディがきょとんと目を見開いた。
「私のこと?」
「ま、ジュンピョの派手な行動みてれば、俺らにもすぐに何か起きたって分かったけどさ」
「そうそう、その対応の素早さが群を抜いてたってだけで」
楽しそうなふたりに、ジフは憮然と呟いた。
「…褒めてないことは分かるよ」