처음(初めて) 15 | 気ままに吐露トロ

気ままに吐露トロ

あれこれ好きなことを、覚え書き。

「カウルちゃん、グッジョブ!」
事の経過をイジョンに話したあと、ウビンも交えて3人で会うことになった。
とりあえず、今後の展開は相手がジャンディだから予想できないけれど、それでもニブちんなジャンディがジフの気持ちに気付いてくれたのは大きな一歩だと、その日は珍しくもウビンもイジョンも気持ちよく酔いに身を任せていた。
それを見て、神話高に転校させられてから辛いことばかりだったジャンディに、陰ながら心配してくれる人がいたのだと、カウルは改めて嬉しく思い、押し付けがましくない程度に世話を焼いてくれるイジョンの隣でふわふわと僅かに酔ったのだった。



ジャンディがカウルと話をして数日後、今は大学へ場所を移したけれど恒例の非常階段で、ジャンディはため息をついていた。
「カウルの言うことも分かるけど…」
そして、誰を心の一番深いところで想っているかも自覚しているけれど。
「勿体なすぎるよね」
「何が?」
「せっ…」
独り言に返事があったことに驚いて振り向けば、いつものようにジフがふわりと笑って立っていた。
「こ、講義は?」
「教授の都合でお休み」
「あ、そう、ですか…」
その時、なぜか今日は、いつもはジャンディの笑顔を守ろうと決めてから故意にジフが近くしてきていた距離が、なんとなくジフがソヒョンを追いかけていったフランスから戻った時の緊張感に似ていて。
だからジフは、ふと同じ台詞を口にした。
「交際を申し込もうと」
「え?」
あの時から、7年近く経っているのに、ジャンディの反応が変わらないのがジフとしては嬉しくなる。
だから、
「今度は、冗談じゃない」
そう、同じようで異なった言葉で続ける。
少し戸惑ったようなジャンディに、きちんと告げておきたくて。
「ジュンピョに内緒で、でもない」
そう付け足せば、ジャンディもその流れを思い出してくれたのか、あはは、と戸惑うように笑ってくれた。
あの時も、ジャンディは変わらないと、嬉しく思った。
そしてその時から何年も経っているのに、それでもやっぱり変わらないジャンディが愛しいと、ジフは思う。
素直で、疑うことを知らなくて、気が強くて、自分に悪意を向けるのがどんな相手であっても真っ向から立ち向かうくせに、大切な人がわずかでも傷つくことには敏感で。
自分のことには無頓着で危なっかしくて、だから誰もが手を貸したくなってしまう。
それはきっと、親友や弟、両親だけでなく、F4はもちろん、ジュンピョの婚約者やカン会長の側近たちも同じ気持ちだったのだろうと推測できる。
損得勘定のない、ただ純粋に相手を思う気持ちは、それを受ける人全ての気持ちをあたたかなものに変えるのだ。

「あの、変な質問なんですけど」
イエス・ノーの返事の前に、なぜかジャンディから質問が出て、ジフは内心たじろいだ。
イジョンやウビンの話では、ジャンディはカウルと話した時、すでにジフとの関係を肯定してくれているようだったから。
「なんで、名誉消防士になってくれたんですか?」
だから、そんな根本から訊かれるとは、ジフでもさすがに想像してはいなかった。
「ずっと、ジュンピョの親友で、だから気にしてくれてるのかなって思ってたんですけど」
そんなジフのひそかな焦りには気付かず、ジャンディは続ける。
「ジュンピョと対立してくれたこともあったし、ジュンピョのお母さんからのことで辛かった時も、なぜかいつも一緒にいてくれて」
伏し目がちなジャンディの目が、潤み始めるのにジフは秘かに焦る。
「なんで、そんなによくしてくれるんですか?」
ジャンディとしては疑問なことでも、ジフにとっては答えは明快だ。
ただ、好きだから。
大切に、したいから。
そんな、普通の女の子ならば当たり前に受け取るだろう想いさえも、まずは疑わなくてはいけないような経験をしたジャンディに、ただただ幸せな恋愛があるのだとジフは教えてあげたいと改めて思ったのが、この時だったかも知れない。

「私じゃ、ご迷惑になりませんか?」
どれだけ言葉を重ねても、ジャンディの不安を取り除くことが出来ないという現実に、それほどの不安を植え付けたのが親友であるジュンピョであっても、ジフは許せなく思ってしまう。
「ジャンディが、いいんだ」
だから根気良く、分かってもらえるまで言動で示し続けるしかない。
「うちは、ジュンピョのところとは違うよ」
そんな、ありきたりな言い方しか出来ないことに、ジフは憤りを覚えるほどだった。
F4として、望むと望まざると、同級生たちとは違う教育を受けてきていた。
本来受けるべき授業は免除され、その代わりに英才教育を施された。
幸いなことに、F4は全員その特別授業についていけるだけの頭脳を持ち合わせており、いや、だからこそのF4なのかもしれないが、とにかく特別扱いを受け、かつ、それが当たり前であるという状態を作り上げるのに労苦はなかった。
それが当たり前で、他の生徒たちとの差異を、背景はもちろん、勉学的にも肉体的にも示し続けてきたからこそ、寄付金云々に加えて特別扱いを許されてきていた。
それを、ジャンディは真っ向から否定してみせたのだ。
身分でもない、金でもない、人を動かすのは人であるのだと。
それは、ジャンディにとってはあまりにも当たり前すぎることで、だから、今更それが理由だとはなかなか言えないけれど。

ともあれ。
『これからも、会ってもらっていいんですか?』
そんな風に、ジフと大学の非常階段で会った時に、ジャンディは切り出した。
それは、恋愛に臆病になってしまったジャンディからの、精一杯の言葉だったのだろう。
それでも、ジフにとっては最上の一言だったに違いない。
ジュンピョの豪速球とまではいかなくとも、ジフとしては変化球は通じないと、それなりにジャンディが受け取れそうな程度の直球を投げたつもりではあったけれど、ジャンディはベースボールプレイヤーの球を草野球の少年が受け取れないように、ぽろぽろと取りこぼし、真っ直ぐに受け取ってはくれなかった。
もしかしたら無償のそれが自分に向けられたものだとさえ、知らなかった可能性もある。
その理由も原因も分かるからこそ、無理強いはしないようにしてきたけれど、唯一の肉親である祖父にも認められている現状で、ずっと想いを寄せ続けている相手が近くにいるのに、どこまで自制が利くか不安でもあった。
「まだ、卒業以前に留年の可能性もあるし、だから、おじいさんの診療所を任せてもらえるかどうかも確約できないんですけど」
この場に至って、いまだにそれが理由であると思い込むジャンディの、その鈍感さにジフは相好を崩した。
「おじいさんは関係ない、ただ、俺と一緒にいてくれれば、それでいい」
だから、誤解や変な勘ぐりがないように、真っ直ぐに言葉を連ねる。
「今度こそ、受け取ってくれる?」
差し出したのは、以前と同じように、祖父から渡された指輪。
違うのは、今のジャンディの首元には、何もないこと。
「私で、いいのかな」
こんな状況でですら、まだそんな言い方をするジャンディに、ジフは切ないほどに愛しさが募る。
「受け取ってもらえなかったら、これは未来永劫、孤独なままになる」
祖父の思惑が多分にありながらも、ジュンピョのところに居られなくなったジャンディを引き取り、一緒に暮らすようになって。
一度だけしたデートの時に気付いた通り、一緒にいて気が楽で、何でもないことが妙に楽しくて、あたたかい。
ジャンディがそこにいて笑ってくれるだけで、みんなが笑顔になる。
それは、裏を考える必要がない、素直なものだから。
ジャンディが幸せに笑ってくれれば、その笑顔を見たもの全員が幸せになれる。
F4だけではない、ジフの祖父の診療所の人たちも、ジャンディの家族が暮らす漁村の人たちも。
おそらく、ジフがジャンディの両親がそれなりに職務を全う出来るよう頼んだ使用人たちにも、それは当てはまるだろう。
ただ、ジフやジュンピョとの関係で辛い立場だった高校時代、ジャンディにとってはF4と関わりあいにならなければもっと楽しい時間を過ごせたのかも知れない。
それでもジフとしては、ジャンディと出会えたことを無にするわけにはいかないのだ。


一悶着あった漁村から戻り、ジャンディの父親がそれなりに働けるようになり、狭いながらも家族が一緒に過ごせるようになった。
ジュンピョの記憶障害は予期しないものであり、けれどジュンピョのジャンディに対する態度は、見知らぬ人に対するものとしては最低のもので、ジフとしてはジャンディが今まで以上に傷つくことを恐れていた。
病院で公認されたカップルだの、うれしそうに話す女に吐き気さえ覚えるほどで、ジャンディを思い出さないジュンピョに苛立ち、らしくなくジュンピョに詰め寄った。
その時はイジョンとウビンが止めてくれたけれど、ジュンピョに対する嫌悪感が消えた訳ではなく。
ただそれ以上に、ジャンディが諦めたように話したことが、気になった。
記憶を失くしても、それでもまた最初からやり直せると思っていたと、でもそれは単に希望でしかなかったと、泣いていた。
マカオでのことで、けじめを付けていたと思っていたけれど、そうではなくて。
むしろ、そうでなかったからこその今回の事態に、ジャンディの心の傷の深さを思わずにはいられなくて。
ジュンピョの記憶がない時にこれまでの関係を清算するわけにはいかない。
そう分かっていても、ジフとしては、ジャンディを自分のものに出来る機会なのではないかと、邪な考えを抱いてしまった。
結局、ジフが懸念していたように、ジャンディは人魚姫になってしまい、その想いは泡となって消えてしまった。
王子さまは、助けてくれた人の大切さに今更ながらに気付いたけれど、結果としてそれは遅すぎて。
「私はやっぱり、人魚姫じゃなくてカワウソだったみたいです」
その言葉の重さは、全てを知るジフにしか分からない。

人魚姫の恋は成就出来ず泡となって消えたけれど。
けれど王子さまの親友に、カワウソは大事にされていて。
水の中に紛らわせてこぼした涙さえも、隠していたつもりだったのにちゃんと分かってくれていて、いつでも何度でも抱きしめて拭いてくれた。
ジュンピョがジャンディの高校卒業と同時に未来を仄めかしてアメリカに行ってしまっても、ジャンディが寂しいとか辛いとか思わずにすんだのは、どんな時でも寄り添ってくれている人がいたから。
むしろ、その人が先に卒業してしまったあと、ひとりきりになっても頑張れるか不安になるほど頼っていたことを自覚して、驚いたのだ。
ひとりで頑張っていたつもりで、ずっと陰から支えてくれていた存在の大きさに気付けなくて。
なのに、一言も責める言葉などなく、ジャンディの将来を考え、ジャンディがやりたいことを叶えられるように導いてくれる。
ジャンディだって、カウルに言われるまでもなく、ずっとジフの存在を気にはしていたのだ。
けれど優しい人だから、親友の彼女で、神話に馴染めないのを放っておけず、気にしてくれているだけだと思っていた。
ジャンディには、ジュンピョはもちろん、ジフにも好かれる理由が思いつかなかったのだ。
だから、頑張っていたジュンピョを裏切るような形で関係を清算しF4とは関係がなくなるはずだったのに、それでもそばにいてくれるジフに救われつつも、なぜ良くしてくれるのかが分からなかった。
そして言われた、『おじいさんの診療所』。
ジフは、ジャンディが頑張れるように、次の道を用意してくれている。
それも、ジャンディが一番望む形で。
だからジャンディは、ジフの提案を受け入れることにしたのだ。
せめてジフが忙しい間だけでも、おじいさんの助けになれればいいと、ただそれだけで。