神職と神使〜狛犬から変態と呼ばれて〜 -44ページ目
中津宮で市寸島比賣さまが言われたこと。
ライトが言われたことであっても、
私自身にも響きました。
もちろん、理解していますし、
ライトだけでなく、
タルのことも看取るのが
育ててきた親としての責任だと思っています。
短い時間ではあっても、
その分たっくさん愛して、
大切にするから、
いつか来るその日まで、
たくさんお出かけしようね。
話は変わり、
昨日のブログ、
中津宮の続きです。
河津桜が満開🌸
ライトと桜🌸
飛び回るトンビ。
ここから奥津宮です。
実はこの時、
いつもほどではなくても、
それなりに多くの人がいて、
やっぱり奥津宮は人多い。
人が少ない時って難しいなぁ。
そう思いながら歩みを進めました。
近づくにつれ、人が減り…
誰もいなくなり、
ゆっくりお写真を撮らせていただきました
近すぎて半分切れてますが、
ライトの楽しさ通じますでしょうか。
龍宮も…
完全に人払いされ、
たくさん写真を撮らせていただきました
私が写真を撮っている間、
ライトはたくさん
神様や龍神さんとお話ししていました。
神様が口を噤んだ話。
龍神さんだけが話してくれたそうなので、
ライトの覚悟が出来次第、
話を聞きたいと思います。
タルがいたら
神様が話してくれないかも、
と言われたので、
ライトと2人っきりで
朝早く出かけた江ノ島。
ママを独占できて、
神様もたくさん話してくれて
ライトはとっても楽しかったようです。
また行こうね。
今度はタルも一緒に。
江ノ島辺津宮の朝の太鼓。
一気に浄化されていくのを感じたのですが、
それはライトも同じでした。
『すごいよね。
島全体が浄化された』
私の感覚は間違ってなかったと
安心しました

朝9時に辺津宮で
毎日行われているんだと思います。
ご祈祷の時の太鼓とは
空気感がまるで違いますので、
オススメです。
昨日のブログの続きです。
↓昨日のブログ
八坂神社の斜め前くらいにある
干支の絵馬と置き物です。
ライト、蛇さんの顔した?
いや…たぶん、これは違いますね
こっちがライトのUPして欲しい写真です。
河津桜が綺麗に咲いていました。
またまたエスカーに乗り…
中津宮です。
ライトの大好きな
イチヒメサマこと
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
お参りするとき、
お賽銭集めがされていて、
しばらく待っていたので、
その分ライトは神様と長く話していました。
『ライト、おじいちゃんだって。
イチヒメさまに言われた。
ママと同じ時間を生きることはできないよ、
ライトはもうおじいちゃんなんだからね。
ママより先に逝くことになるんだよ。
って。説明してくれた』
ライトも私もわかってはいても
目を背けたい事実。
ライトがおじいちゃんになってきてるのは
わかっていますが、
まだがんばってほしい。
そう願わずにはいられません。
書いていて悲しくなってきたので、
この後、奥津宮と龍宮は次に書きます。
ぽんちゃんブログ
ライトが神様と話したこと
神様が、ライトとお話しするために
人払いをしてくれた。
今日はそんな風に思えた日でした。
ぽんちゃんのブログを読まれた方は
ご存知かと思いますが、
昨日のライトは、
朝早く江ノ島へ行きたかったそうです。
ぽんちゃんブログ。
ライトが神様に聞きたかったこと
かっこよくなったライトを
たくさんの人に見てもらいたいと
話していたので、
ゆっくりがいいかと思いきや…。
人の少ない時間に行きたかったそうで、
昨日は江ノ島まで行くのをやめ、
今朝、早く起きて行ってきました。
とは言っても、
昨夜はねぇねの帰りが遅く、
寝るのが少し遅くなってしまったので、
予定より1時間遅くなってしまいました。
ライトの予定では、
5時に起きて6時に出発。
起きれませんでした…
タルはねぇねとゴロゴロしてお留守番。
朝はねぇねがいるなら
一緒に寝ていたいらしいです。
江ノ島の駅についたら、
すでにたくさんの人。
全員が江ノ島に向かうわけではないにしても
もう結構人多いかなぁ?
ちょっと心配になりました。
ライトも、
リュックの中で、
『ふんっ
』
(ママが寝坊したからだ
)
怒ってました。
電車を降りてからは、
リュックから出して抱っこ。
歩いてもらっても良かったんですが、
抱っこして歩いた方が早い。
少しでも早く着きたくて、
とにかく早足で進みました。
この写真も、
立ち止まらずにスマホを上に掲げて
画面も見ずに撮った割には、
しっかり撮れてました
ここはさすがに少し立ち止まり
ライトとも
たくさんの人を抜いて
早足で歩いてきたので、
ここに来た時は人が減っていました。
やっと抱っこから解放されて
首振り中ライト
あ、たくさんの人が映ってしまった
エスカーは9時からのはずですが、
9時前でもすでにオープン。
今日もエスカー使っちゃいました。
ワープして辺津宮です。
辺津宮はいつも混雑。
さすがに人が途切れることなく、
社殿も上部のみです。
この時、本殿から太鼓の音が。
身体の内側に響くような大きな音で、
一気に浄化されました。
弁天様の前でも
八坂神社。
こちらは人が来てしまったので、
ライトとお写真は
今日は遠慮させていただきました。
↓以前撮らせて頂いた写真です。
どこでも寝ころぶタル
長いので続きはまた。
今日は狛犬さんから呼ばれていたので
近所の神社へ。
先日、ぽんちゃんを通じて
狛さんから
『おしりの筋肉鍛えたから
見に来て〜
』
と要望があったのです。
話を聞いた時、
思わず目が点。
なんのこっちゃ、です。
狛犬さんが鍛えた…
見た目は置き物(石像)なので、
違いが見極められるのか。
狛さん的に鍛えたとしても、
私が視えるかどうかは別の話。
わかるかな?
不安もありつつ、
『来て』と言われたので
行くしかありません。
ライトとタルを
カートに乗せて行ってきました。
氏神様ならともかく、
ライトとタルを歩かせるには
ちょっと遠いのです。
通り道、梅が綺麗に咲いていました。
鳥さんがいるのですが
わかりますでしょうか。
タルだけカート。
ライトは…
自転車のカゴに乗っていたのでした。
カートより自転車のカゴの方が
楽しいらしく、
自転車のカゴが取り合いになっていました。
行きはライト。
帰りはタルが自転車。
ライトがご機嫌斜めで、
落ち着いて写真を撮らせてくれなかったので、
手すりに紐を繋げさせてもらい
撮らせていただきました。
お呼び出しはこちらの狛さん。
『違う。その角度じゃない』
『そうそう、こっちじゃ。
筋肉ついてきたであろう?』
………
いや…わからん…
「あーうん、こころなしか…?」
『こっちも見て〜』
「はいはい。あーさんもね」
パシャリ
『ちがーう。そっちじゃなくて反対』
左右鍛え方が違うんかい!
『そうそうこっち。
しっかり筋肉ついたでしょ〜』
嬉しそうに話してくれましたが、
今までとの違いがまーったくわかりません。
『狛犬のお尻フェチなら
違いくらい見分けなさいよ』
それぞれの個体の違いはわかりますよ?
でも、同じ個体の成長過程は、
見た目にわかりません!!
感情なら読み取れるんだけどなぁ。
心の目を養えということでしょうか。
「うーん、心なしか…」
としか言えませんでした。
同じ狛さんの
鍛える前と後の違いは、
さすがに難しかったです。
やっぱり狛さんと同じ顔するライト。
タルのことが大好きな狛さんと。
狛さん嬉しそう。
『タルちゃんはいつも可愛いね
』
『ありあと(ありがと)』
狛さん、恥ずかしながらも、
渾身の想いを伝えたのですが、
タルには伝わらず…。
帰ってから、
「もし『好きです』
って言われたらどうするの?」
と聞いてみました。
『好きじゃないです。って答える。
ちょっとしか話したことないし、
相手のことよく知らないから、
好きとか嫌いとか答えられないでしょ』
はっきり答えるなんてタル…辛辣…
かと思ったら、
もっともな答えが返ってきました。
今日は、
ライトは考えることがあったようで、
希望通りにいかず、
ご機嫌斜めだったのですが、
タルが終始ご機嫌。
カートでのお散歩でしたが、
タルに癒されました。
『神様に、
“綺麗にしてもらって良かったね。
可愛いよ”って言ってもらえた。
神様に言ってもらえたから
嬉しかったし、納得した』
ライトとはまた次のお出かけの約束をして、
納得してもらいました。
また神様のところへ行こうね
お釈迦さまも、
弘法大師さまも、
修行を始めた最初の頃は
悪魔の囁きがあったと言います。
どんな偉人であっても、
最初は悪魔に囁かれ、
その囁きに打ち勝って
聖人となっています。
今の世を生きる私達には
想像もできないような
辛い修行を乗り越えている方々。
地位を捨て、欲を捨てて修行した。
そんな方々でさえ、
悪魔に囁かれ、
揺らいだ時期があります。
聖人君子と呼ばれる人達でさえ、
悪魔に囁かれているのに、
今の世を生きる私達が
悪魔に囁かれないわけがないんです。
“ 神様の言葉を聞きます”
“神様の言葉を伝えます”
“神様が視えます”
本当に神様ですか?
その人の視えてる神は真の神ですか?
神様ごとを仕事にしている人は
自分の視えているもの、
聴こえているものが
真の神かどうか
見極める必要があります。
視えない人も、
視えると言う人の言葉が正しいのか、
視えてるものは真の神なのか。
自分の目で見極めてください。
必ず、鵜呑みにせず、
冷静な目で見てくださいね。
私もなんどか判断を誤り、
今があります。
何度も悪魔に引っ張られました。
何度も何度も引っ張られ、
それでも何度も何度も
奉職先の大物主様が引き戻してくれました。
一時は、神職でいられなくなるかも?
という時間もありました。
今やっと
神様に本気で向き合えるところまで
辿り着いた気がします。
それでもまだまだ不安。
魔に引っ張られない確証なんてない。
そんなものだと思います。
だからこそ、
自分の言葉には責任を持ち、
何度も足を止めて、
大丈夫か確認します。
神様ごとをする人は特に。
魔の存在に狙われやすいです。
視える人も視えない人も。
視えると言うその人の言葉が、
真の神の言葉か、
信じていいのかどうか、
立ち止まって考えてみてください。
きっと皆さんが思ってるより…
真の神が視える人って少ないです。
↓ぽんちゃんのライトの通訳ブログ

