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🍀潜在意識と身体の声を通訳して
本来のあなたへ🍀
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整体ゆくりの山本良蓮です
年明けに真言宗の僧侶(阿闍梨)として
辞令親授式を受け、
はたと、
そう言えばお祖母ちゃんの年忌って
いつだっけ?

…と、調べるとちょうど今年の
4月10日に三十三回忌を迎える事を知り、
大慌てで師匠から引導作法(葬儀の作法)と追善供養(年忌の供養法)の伝授を受けました。
(阿闍梨にならないと伝授を受けられない)
実は私の家は、
母がエ●バの証人の信者である関係上、
葬儀や墓参りなど一切行わない家なのです。
だから、お墓もありません。
父方の祖母から生前、
再三お墓を建ててくれと頼まれていたにも関わらず、
母の一存で葬儀はエ●バ式、
(何か讃美歌的なものを歌ったりお祈りをしたりする感じのもの)
そして、お墓も作られませんでした。
父は自分の老後を見て欲しいために
母にあまり意見を言えない立場にあり、
自分の母親の葬式を本来の山本家の宗派のやり方で行えず、墓も作られずで数十年。
せめて仏壇を(母に内緒で)
私の家に作ろうか?
と何度も父に申し出ましたが、
父の真意が語られることも無く
「もう少し待ってくれ」
とだけ言われ続けて三十年以上経ちました。
だから、ずっとずっと祖母の供養について
気になっていました。
そんな訳で、私が僧侶になったのも、
祖母の遺志も関係していたのかもしれない
と少し思っています。
そうして先日、
祖母の引導作法(葬儀)と
三十三回忌法要を無事終えることが出来ました。
エ●バ信者の母には内緒で
父と打ち合わせて
父(無宗教)が私の自宅に訪れ、
高齢で正座ができないので
椅子に座って法要に参加してくれました。
供養の練習の時は何の感情もなかったのに
本番では三禮を唱える時に泣けて泣けて、涙を堪えるのに必死でした。
母に勝手にエ●バ式の葬儀をされてしまった祖母の念願の葬儀と追善供養。
三十三回忌にして
やっと行うことが出来ました。
数年前に受けた古神道の
先祖供養の講座の時も、
祖母の顔がグイグイと出てきて、
祖母がそうした供養を切に受けたがっているのを感じたものでした。
だから、祖母の
「ようやく供養してもらえる」
という気持ちがこちらに流れてきたのではないかと思っています。
母の宗教の関係で
お経を読む習慣がなく、
お坊さんを家に迎える経験も無かったので、
ただの仏像好きから仏教に入った私は、
在家での修行だったこともあり、
他のお坊さんの所作を見る機会が
ものすごく少なく、
僧侶としての日々のお勤めの所作が
実際やってみようとすると
ピンと来ないものが多いことに常々気付かされています。
だから、本山に行ったときは
先輩僧侶や猊下の所作を食い入るように見るようにしています。
どのタイミングで打ち鳴らし(おりん)を鳴らすの?
とか、
お数珠はどのタイミングで擦るの?
とか、
そんな初歩的なことや、
師僧や師匠、他のお坊さんが
普通は知っているものとして
当たり前に口にされる単語も
都度都度ググって、
調べてみても意味不明で
(専門用語は専門書で限られた人が読むものに載っている事が多いのでネットに出てこないことも多々ある)
都度都度師匠に質問するという
最近入手した
『真言宗のしきたりと心得』

一般の信者さん向けに書かれた本なのでしょうが、
目次を見たら
・袈裟の意味
・打ち鳴らしの打ち方
・偈文の意訳
・三帰三竟
・十善戒の心構えと唱え方
・葬儀のしきたりと順序
・追善供養の心構え
…などなど、
葬儀や供養のやり方を習ったけど
意味や心構えなどをちゃんと知りたい私に
必要な事がしっかり書かれているので、
必携の書となっています。
去年から、
自宅で飼っていた文鳥やウズラが
亡くなる度に供養を行なってきたけれど、
どうもピンと来なかったのは、
こうした事が自分の頭と身に
しっかり入っていなかったからなのでしょう。
僧侶になっても
まだ知らない事だらけの新米。
どうせ唱えるならば
しっかりと供養されるように、
ちゃんとお送り出来るように、
供養や法要が形だけにならず、
ちゃんと行法の目的が果たされるように行いたいものです。
という誓いも込めてここに記録しておきます。