友人の試験合格祈願に湯島天神へ出向いた。
上野松坂屋を出て広小路の坂を上って行くと左手に湯島天神がある。行きは急な傾斜の男坂の石段を上り、息を切らして参拝する。年末年始は本殿で手を合わせるまでに相当の時間がかかるが、今回は待つこともなく参拝が出来た。ちょうど菊祭りが行われており、さまざまな菊が展示され、すっかり秋になったことを実感した。
帰りは少し傾斜のゆるい女坂から下りることにした。石段の途中から、下で男性がこちらを見上げていることに気づいたけれども、転げ落ちないように足元を見て下りた。
石段を下りきったところで、待ち構えていた男性が手にパンフレットのようなものを持ち話しかけてきた。何かのセールスかと思ったが手相の看板が立ててある。70代中頃から80代前半の、服装も言葉遣いにも品があり、とても紳士的な男性である。過去に何度もこの女坂を上り下りしたことがあるけれども、お会いしたのは初めてのこと。
お断りすると「お祭りの期間ということで、無料にさせて頂きます」とのこと。「いえいえ、とんでもない」と再度お断りする。過去の経験から、私の頭の中には「ただほど怖いものはない」という言葉が植え付けられている。
占い師さんは私に向かって「お年の頃は〜」と、とんでもなく若い年齢を言ってきた。もちろん、私に対するとびきりのお世辞であることは承知している。これが気の利いた返答が出来る生粋の江戸っ子だったり、言葉遊びに長けた女性なら、さらっと粋なことを言うのだろうと思う。
若くして亡くなられた和服姿が美しい女優、太地喜和子さんがケラケラと笑いながら素敵な返しをして通り過ぎる、というイメージが頭に浮かぶ。
ところが、私はそんな洒落っ気のある人間ではない。「もう少し上です」とつまらない返答をし「明日は雨だそうです、お気をつけて!」と足早に駅へ向かったのである。
これからもっと寒くなると、女坂の石段脇に寒椿が咲く。寒さの中にきゅっと咲いた赤い花は鮮やかで可愛らしい。
真冬の時期にまたあの占い師さんに会ったら、それは何かの縁ということで今度は手相をみてもらうかも知れない。