作家・大石静さんのお話を聞いて。
2年半前に亡くなられたご主人が息を引き取る約3時間前、白い壁を指さして「あっ、誰々がいる。誰々もいる。みんな、楽器みたいなものを叩いて踊っているよ」と、仕事仲間だった人や田舎の友達の名前を口にしたのだと言う。
大石さんが、取材で京都の平等院を訪れた時、ご住職が「あの世に行く人を皆が鐘や太鼓を叩いて踊りながら迎えに来る。この世で仲の良い人、大切な人をたくさん作っておきなさい。そういう人たちがみんなで迎えに来てくれますから」と説明して下さったとのこと。
実際にご主人はお友達に迎えられたそうで「なんだかとても面白そうに、楽しそうに言っていたんですよ。だから、いい感じで逝ったのかなあと思います」「自分のときには両親も誰も来なくていいわ、と思いながらご住職の説明を聞いていたけれども、私のことはきっとおとうさん(ご主人)が迎えに来るんだろうなあ、と思います」と大石さん。
私は誰かの臨終に立ち会ったことはなく、亡くなる間近まで一緒にいたという経験もない。
今回、大石さんのそのお話を聞いて、もしそれが本当なら、10年前に他界した母がこの世を去る時、先に逝った17歳の息子(私の兄)や自分の両親(私の祖父母)が迎えに来ていたことが想像出来て、それは心強かっただろう、嬉しかっただろうと安堵する。なるほど、棺に納まった母の顔はまるで微笑んでいるかのように安らかで「こんなに可愛いお母さん、見たことない!」と、言葉が出てしまったほどである。
兄は若くして病気を患いこの世を去ったが、その時はいったい誰が迎えに来てくれたのだろう。当時、既に亡くなっていたのは父方の祖父だけだったが、きっと私の知らない親族や優しい人たちがたくさん迎えてくれたのだろうと思う、そう信じたい。
私のお迎えは家族、親類縁者だけでもかなり賑やかになりそうである。兄は17歳、22歳の時に知り合い大好きだった友人が亡くなったのは32歳、私と同い年だった。あたりまえだけれど、彼らの年齢はそこで止まっている。17歳の兄というのはピンと来ないが、不思議なもので私が何歳になっても兄は兄である。偉そうに「おまえ、何やってんだよ」と、彼の何倍も人生経験のある私に説教する姿が思い浮かぶ。その兄は良しとして、32歳で亡くなった大好きだった友人には、今の状態ではちょっと会い辛いなあと考え込む。
よし、再会の時の為に少し気を入れて努力をしてみようかと真剣に思う。
「頑張ったね」と迎えてもらいたい。