ここ数年クロゼットに入れたまま出番のなかったTシャツを久々に着た。
濃いグレーの生地に、あまり可愛げのない気取った猫の絵が7~8匹描かれたフレンチスリーブのTシャツはNYに住んでいた時に買ったもので、セントラルパークを散歩する時によく着ていた。
セントラルパークは広い。その中に、小川や入り組んだ小道があり、自然な森林に似せて作られたランブル(The Ramble)という場所がある。バードウォッチング愛好家から親しまれ、都会の真ん中にいるとは思えないほど静かで、緑の匂いがする。
初夏の爽やかな季節、そこに通じる石段の坂道を歩いていると60歳代と思われる日本人女性が反対側から歩いて来た。
「日本人の方ですか?」との遠慮がちな問いかけに「そうです」と答えると、「猫がいっぱい!」と、私のTシャツに目を向けて微笑んだ。
彼女は旅行でNYを訪れているとのことで、少し離れた場所にいた男性を振り返り「夫と来たんです」と言う。
「こちらでお仕事をされているんですか?」と聞かれ「はい」と答えると、「わあ、すごい!」と笑顔を見せ、その反応に私は戸惑う。「ぜんぜん、すごいことではないんだけど、どうしよう・・・」。最後には「一緒に写真を撮って下さい!」と夫にカメラを渡した。
「えっ、写真? 芸能人でもないのに!」と思いながらも、ついついその方と笑顔で写真に収まる。
旅先だからなのか、もともと陽気で社交的な方なのか、その屈託のない様子にまったく否定的な感情は起こらず、楽しい気分になった。
今朝、鏡に映る猫のTシャツを見ながら、そんなことを思い出した。
あれから7~8年が過ぎている。その間、世界的に大変なことがあったけれども、その女性とご家族がお元気で過ごされていることを願っている。
もし、たまにNY旅行の写真を取り出してあの時のことを思い出してくれていたなら「私も、思い出しています」と伝えたい。
人との小さな出会い、私の人生にはそんなことがたくさん詰まっている。