朝ドラ「あんぱん」の中で、学生の柳井崇さんが数学のテストの問題の意味さえわからずに答案の裏に絵を描いて先生に叱られた、というシーンがあった。

 

それは、まさに、私の高校の同級生もやったことであり、面白い思い出のひとつである。

 

高校1年生の時の科学のテストだった。仲の良い同級生がいち早く教壇の上の机に答案用紙を置きに席を立った。まだ、テスト開始から15分と経っていなかったと思う。

 

「ずいぶん早いですね、Nさん」と、今まで下を向いていた男性教師が顔をあげて言った。

 

同級生Nは笑いながら「もう、いいです!」と、席へ戻り顔を伏して寝始めた。

 

Nの答案用紙を見て、いつもは寡黙な教師が生き生きとした表情でNの方を向いて言った。

教師の顔は興奮してやや赤くなっていたと思う。

 

「Nさん、あなたは凄い!凄いですね!」

 

Nはほぼ白紙の答案用紙の一番上にダルマの絵を描き「手も足も出ません!」と、コメントを書いたのだ。

 

教室は拍手喝采の嵐だった。

 

同じく1年生の時の学年末の試験前、私は数学の教師から警告を受けた。

 

「おまえ、今度のテストで赤点だったら落第させるからな」

 

私は試験の数日前から他の教科の参考書や教科書を一切開くことなく、数学だけを真剣に勉強した。文字通り「机にしがみついて」勉強した。

 

数日後、教師は採点を終えた答案用紙を返しながら「おまえは頭が良いんだか、悪いんだかわからん!」と頭をかしげた。私はほぼ満点だった。

 

自分を頭が良いとはまったく思わない。落第させるという教師の言葉に父親の怒った顔が脳裏に浮かび、必死で勉強しただけである。

 

普段からガミガミ小言を言う母はまったく怖くないけれど、ほとんど面と向かって話すことのない父が怒ったら怖い。母は、私の必死な様子に「相当追い込まれている」ことを察知したと思うが、何も言わずに口をつぐんでいた。

 

私の成績の良し悪しは「勉強をやったか、やらなかったか」だけの話であり、頭が良いとか悪いとかではない。

 

でも、ダルマを描いたNは違う。その日からしばらく、私はNを天才だと思って過ごした。

 

もしNが真剣に勉強をすれば東大へも入れるのではないかと本気で思ったのである。