数年前に妻を亡くした知人。妻との出会いは30年前のNYだった。
妻の遺品を整理していたら黒革のコートが出てきた。
それは初めて会った時に妻が着ていたものだという。
そのコートをいつ頃まで着ていたのかは思い出せないけど、捨てずにクロゼットの中の箱に入れて保管していたことに驚いたとのこと。
他の物はほとんど処分したけれど、そのコートだけは手放せないという。
ふと考えてみる。
誰かと初めて会った時に相手が身につけていたもの、自分が着ていたもの、私はまったく思い出せない。
長い間、ずっと保管している大切なものは、手紙が一通だけである。物を多く持たない主義だから、本さえ処分すればいつでも身軽にどこへでも旅立つことが出来る状態である。
私がいなくなった後のことを想像すると、情緒がなさすぎると自分で思う。
30年前の思い出を箱に入れてクロゼットの奥に大切に保管していた妻。
その箱をあけて瞬時に「初めて会った時に妻が着ていたものだ」と思い出す夫。
素敵なご夫婦だなあと、しみじみ思う。