「冬の日誌 / 内面からの報告書」自伝(著)ポール・オースター

 

本を読み進めてわりと最初の方に、生まれた時からその後に移り住んだ場所、ブルックリン、パリ、マンハッタン、他、21箇所の住所と、その時々に起きたことや心情が事細かに書かれている。

 

アメリカの永住権申請時、生まれてから申請時迄のすべての住所の記録を提出する必要があった。実家に始まり、学生時代に住んだアパート、社会人になってから東京都内で引っ越した数軒の住所、3ヶ月住んだLA、その後NYへ移り、また日本へ戻り、次に再度NY、合計12の住所があった。

 

それらの正確な住所を探すのは簡単だった。引っ越した場所に必ず母から手紙が届き、私は引っ越しの度にその手紙を持ち歩いてずっと保管していたからである。

 

それらの手紙をお菓子の缶に入れて母が他界する数ヶ月前迄まで保管した。余命がそれほど残されていないだろうと察した時、泣く泣く処分した。

 

母が他界してからだと絶対に処分することが出来ないことを確信していたからである。その手紙を保管したままもし私に何かが起きた場合、私ではない誰かがその缶を開けて、困惑しながら「捨てていいよね。捨てるしかないよね」と葬られるのが嫌だった。だから、母が生きているうちに自分で処分をしたのである。

 

先日、友人Jと会った時、2年前に亡くなったJの幼馴染Aの話題になった。Aは私の親しい友人でもあった。

 

まだ心のなかに悔いがのこるJは、最後にAが住んだ街の様子を知りたくていろいろと検索をしていたらしい。ある日、AがNYを出た後のすべての住所を見つけた。

 

Aが最後に住んだオクラホマ州の小さな町を検索すると、まわりに同じような型の平屋がぽつりぽつりと建ち、信号機さえもない道がまっすぐに延び、それに沿って電柱が一定の間隔に立ち、そこから数本の電線が長々と張られている。見える景色は、延々と広がる平原と空。

 

「どうして、あそこなんだろうな。まあ、自分で選んだ場所だから」と、私達は納得しようとする。

 

私もずいぶんと引っ越しをしている。その住まいごとに取り巻く環境も、出会う人も異なり、心情も変わる。

 

一つひとつの場所で起きたことを思い出していったら、今までの人生がすべて見えてくるような気がするけど、途方もない時間がかかりそうである。

 

でも、番地、部屋番号まで記載されている正確な住所を見ていると、ストリートの騒音や空気の匂いまでもが蘇ってくるから面白い。