先日(アメリカ時間21日、日本時間22日)、日本人初の米国野球殿堂入を果たしたイチローさん。受賞の記者会見の場で、日本人記者からの質問に対して下記のように返答している。

 

記者:今まで、いろいろな場面で印象的な言葉がありましたが、現役のときに言葉の持つ力をどのように意識されていたのでしょうか。表現の手段のひとつだと思うのですが、言葉を発するということにどう向き合って来られたのでしょうか。

 

イチロー:自分の中から出てくる言葉を選んでいました。そうでないと伝わらないから。人から聞いた“いい言葉”や“話し”も良いのですが、不思議なことに、ボクの言葉じゃない言葉で話したとしても聞いている人がわかってしまうんです。ボクの中から湧いてくる言葉で話しています。

 

2009年、現役引退会見の時のイチロー氏の言葉がとても心に響いた。

 

「引退するという決断に、後悔だったり、思い残すことはなかったでしょうか?」という質問に、「今日の、あの球場での出来事…あんなもの見せられたら…後悔などあろうはずがありません」(「あんなもの」とは、ファンの熱狂的な声援)

 

今回の記者会見でも、一つひとつの質問に真摯に、誠実に返答されているのが伝わってくる。あらためて「言葉のチカラと重要さ」を感じた。

 

友人でも馴れ合ってしまうと、言葉をポンポンと放り投げるように言ってしまうことがある。伝えたいことや理解してほしいことがあるのに、説明するのが面倒になったり、諦めたりすることもある。

 

誰にでも当たり前に「明日」が来るわけではないと感じているいま、それが最後の会話になるかも知れない可能性だってあるのだ。

 

自分の気持ちを自分の言葉で伝えること。また、発したその言葉が「私」を表すのだということ。普段あまり意識していないけれども本当に大切なことだと思う。