「俺、あいつ好きなんだ!様子がいいんだよ」
と言った知人の言葉に、「ん?」と頭の中で首を傾げた私。初めてお会いした人もいる大先輩たちとの食事の席、「それ、どういう意味ですか?」と尋ねるのはちょっと躊躇われた。
もし聞いたとしても、たぶん、私はその説明を本当の意味では理解できなかったかも知れない。そういう言葉は自分が感じないとわからない部分があるのではないかと思う。
会ったことのない「あいつ」はいったいどういう人なのだろう。
男性が同じ男性を「様子がいいんだ」としみじみ褒める。
数年後、その知人が言う「あいつ」と会う機会があった。会った瞬間に「あっ、こういうことか」と、あの時の言葉の意味がわかったような気がした。
2021年に107才で亡くなられた美術家・篠田 桃紅(しのだ とうこう)さんの著書の中に次のようなことが書かれている。
私が子どもの頃、母などが「様子がいいねえ、あの人は」という言葉を使っていた。きれいとか、美しいとか、そういう直接的な表現ではなく、昔の日本人の独特の美意識に裏打ちされた言葉だった。私は子どもながらに、「様子がいい」と言われる大人になりたいと思ったものである。
「様子がいい」は、おしゃれだが、これ見よがしに目立つおしゃれではなく、どことなく素敵な身なりをしている。身につけているものは派手ではなく、安物でもなく、一生懸命に凝っているのがみえみえではない。風格があり、なんとなく上品で、えらそうではない。ふるまい、しぐさ一つにも、美が宿っている。
飾り気のないシンプルな黒のジャケットとパンツの装いの「あいつ」、その服装だけからくるものではなく、彼の内面からでるオーラのようなものに、無駄なものをまとっていない洗練された佇まいを感じたのである。