マンハッタンにある大学で行われていたESLのクラス。授業は土曜日だけで、午前の先生はアメリカ人午後の先生はイタリア生まれのイタリア育ち、アメリカの大学で教育を受けた先生だった。

 

初めての授業の日、イタリア人のジュリアはイタリアのチョコレート”BACI”(バーチ)の大箱を持って現れた。その箱の上蓋を取って教壇の上に置き「イタリアのチョコレートです。皆さん、どうぞ」と勧めてくれた。初日のクラス、初めての先生、まわりに座っている生徒も知らない人ばかり。誰もなかなか手を出さない。ジュリアに何度も「食べてみて。美味しいのよ」と言われ、やっと誰かがゆっくりと教壇に近づき一粒手に取って席へ戻った。それから、ひとり、ひとりと少し緊張した面持ちで1個ずつチョコをもらいに行った。

 

私はこのヘーゼルナッツが入ったチョコレートが大好きだった。近所のデリやたばこ屋さんのレジの横で1個ずつバラ売りしていたのを初めて食べて以来、大ファンである。デリへ行く度に2〜3個買った。たぶん、1個50セントくらいだったと思う。

 

その日は20数名の生徒ひとりずつが簡単な自己紹介をして、その後に授業となった。クラスの大半がヒスパニック系で、その中には20年以上アメリカに住み、既に家庭があり仕事をしている人たちが多くいた。なかなか逞しい人たちだった。そしてほとんどの生徒が、ジュリアよりもかなり年上だった。

 

授業のなかで、生徒のひとりの文法をジュリアが訂正した。するとその生徒は「そうよ、私は英語が完璧じゃないからここに習いに来ているのよ」と平然と言い放った。私は思わずその若い生徒の顔を見た。何が気に入らなかったのか、彼女はその日は最後までその態度を崩さなかった。

 

それから数回のクラスは、全体に打ち解けない空気が漂っていた。

 

ジュリアは毎回一生懸命だった。いろいろなアイディアを出し、生徒が興味をもつような授業を考えてきた。一人ひとりの生徒に声をかけ、皆と打ち解けようとする努力がこちらに伝わってきた。

 

私たちは皆、回数を重ねるごとにジュリアに心を開いていったと思う。

 

週末だけのそのクラスは3ヶ月続いた。

 

最後の授業は12月の中旬だった。クラスのひとりが陣頭に立ち、皆の同意のもとお金を集めて、ジュリアともうひとりの午前の先生にクリスマス・ギフトとして渡すことになった。会計係が「あら、どうしよう。20ドル紙幣が1枚中途半端だわ」というと誰かが即座に言った。

 

"Julia!  She deserves it! " (ジュリアがそれを受け取るべきだよ)と。

皆も「そうだ、そうだ!」と声をあげたのである。

 

その最後の日、ジュリアは最初の日と同じように教壇の上に”BACI”の箱を置いた。生徒たちは「わあ、あのチョコだ!」と喜び、教壇に駆け寄り群がった。

 

ジュリアは大声で笑った。

 

「あはは!みんな、覚えてる? 最初の日にも同じようにこのチョコレートを持ってきたのに、あなたたち皆なかなか手を出さなかったのよ!」

 

1個のチョコレートに笑みがこぼれるのは「ひとえにジュリアの努力の賜物」と、私は思っている。