マンハッタン、マディソン・スクエア・ガーデンの地下にあるペンステーションからNJトランジットの電車に乗り30~40分ほど、その駅から車で約10分の所にある庭付きのアパートに友人が住んでいた。

 

ペンステーションを発ってほどなく、マンハッタンを離れて行く車窓からの景色が少しずつ変わる。初めての場所はまったく想像がつかないが楽しみである。電車の乗り方もチケットの見せ方も“新しい出来事”となる。

 

緑が多く目立つ小さな駅に降り立った。すでにのどかな空気が漂っている。マンハッタから30~40分離れただけの場所に別世界があった。

 

友人の家は大通りからはずれていることもあり、車もそれほど通らない。高層ビルもなく、ほとんどが2~3階建ての一戸建てか低層アパートメントである。友人のアパートは2階建ての日本風に言えば「長屋タイプ」だが、壁が厚いのか隣人の生活音は聞こえない。

 

「夜はホタルが見えるのよ」と、友人。

 

私達は陽が落ちてしまう前に夕食をすませ、家の中の明かりを最小限にして裏庭の椅子に座った。

 

しばらくすると、無数の蛍がおしりを黄色く光らせてふわふわ舞い、暗闇に幻想的な世界が広がった。蛍を間近で見るのは初めてのことで少し戸惑ったが、その可愛らしさに童心に戻ったような気がした。手のひらに乗せるようにゆっくりと蛍を追う。蛍は私たちと遊んでくれているかのように舞い飛んだ。

 

友人と私は「見て!」「あら!」と声をあげながら、ただ、ただ、蛍と戯れた。

 

その友とは長いつきあいである。それゆえに、良いことばかりでなくお互いに腹のたつ経験も何度かしている。

 

でも、あの夜のことを思い返すと気持ちが優しくなるから不思議。

「ふん!」と思っていたことも闇に舞う蛍の群れの中へ消えていくのである。