ランチを外で終えてオフィスに戻ってきた年下の同僚。
「今日、お寿司屋さんへ行ってきたんです。前の会社の上司と一緒だったんですけど、何でも好きなものを食べていいと言われたので、いちばん高いのを注文しました!」と、とびっきりの笑顔で言う。
そこはNYで評判の高級寿司店。私達のお給料で「いちばん高いもの」はかなりハードルが高い。それを頂いてきた同僚はルンルン気分である。それだけ喜んでもらえたらご馳走した方も嬉しいと思う。
ある日の金曜日、仕事で知り合った“先生”に誘われてランチへ出かけた。その日本レストランは長い歴史があり、ちょうどその週末、皆に惜しまれながら閉店することになっていた。
そのお店では毎週金曜日のスペシャルランチのラーメンが有名だった。いつか行きたいと思っていたのだが、なかなかタイミングが合わずに一度も食べたことがなかった。
先生と一緒に訪れた金曜日のランチ、なんとラッキーな!と嬉しかった。先生はメニューを見ているが、私は既に”ラーメン”と決めている。
「あなたは、何にしますか?」「私、ランチスペシャルのラーメンにします!」と言うと、先生の顔の表情が曇った。
「どうして、遠慮するの。そんなことしないで」と言う。
私が気兼ねして安いものを注文すると思ったらしい。私は正直に説明したが、それを信じてもらえない。「私、なんだか楽しくなくなっちゃったわ」と言い出す。どう説明しても先生は不満気である。
「あっ、私、この松花堂弁当にします」と言うと、「あらっ!美味しそうねえ、私もそれにしよん🎵」と先生は笑顔に戻った。
かくして、私は何年も「食べたいなあ」と思っていたランチスペシャルのラーメンを食べることなく、そのレストランは閉店した。
その後、イーストビレッジに日本のラーメン屋さんが開店し、それからはどんどん驚くほど増えて行き、美味しいラーメンはそれほど珍しいものではなくなった。
あの日、先生と過ごしたランチタイムの情景が鮮明に残っているのは、ラーメンを食べなかったからだと思う。
「私もそれにしよん🎵」と言った先生の笑顔がとても愛らしく、今思い出しても顔がほころび、優しい気持ちになれるのである。